明治生命館工事記録映像

東京丸の内の明治生命館2階資料・展示室で公開している工事記録映像(30分)についての私的メモです。間違いなどお気付きの点はご指摘ください。(1930年-1934年、参考資料『明治生命保険株式会社六十年史』)

「この映像は昭和5年から昭和9年にかけて施工された「明治生命館」の工事記録映画の短縮版です」

・旧館取壊工事(昭和5年5月22日-6月30日)
旧館(三菱二号館)に足場がかかる、ハンマーで壁を壊す、ドームの解体
瓦礫をトラックで運ぶ、更地になった敷地

・鑿泉(ボーリング)
高い櫓、鉄管を地中に打ち込む、大量の水が湧く

(9月、竹中工務店、清水組、大林組の3社で競争入札の結果、竹中が落札)

・地鎮祭(昭和5年9月12日)
日枝神社の神主、出席者の中に岡田信一郎らしき人物

・根伐工事
シャベルで土を掘る、トラック・荷車で運ぶ、馬もいる
場監督員詰所の様子、土砂を船に積み込む

・基礎工事
シートパイル(鋼矢板)、スチームハンマー
シートパイルの長さ15m、幅1間4枚半、総数720枚

Meisei1n ・コンクリート杭打工事(昭和5年10月-6年2月)
高い櫓(塔高104尺=約31.5m)、櫓の上から見た周囲の街並み
大八車で(セメントなど?)運搬、コンクリートを練る、ミキサー
現場を見る岡田信一郎
コンクリート杭の長さ38尺=約11.5m、径17インチ=約43㎝、総本数2355本、スチームハンマー
地中から松杭を抜く、大八車で土砂を運搬

・諸々
基壇部分の石組(仮組か)
製図場を見る岡田信一郎
船で鉄材を運搬
早稲田大学建築学科実験室が映る

・コンクリート工事
基礎工事の続き、女性たちのヨイトマケの様子
床に配筋、コンクリートを流し込む、アスファルトを塗る
床、壁の仕上げ(左官工事)
鉄筋を組む、コンクリートを流し込む、コンクリートの調合・検査
基礎コンクリート

・鉄骨工事(昭和6年7月より建方) 
(八幡製鉄所の鋼鉄材を横河橋梁で加工)
鉄骨の運搬
クレーンで鉄骨柱の組み立て、鉄骨柱が立ち並ぶ、リベットの検査
歩道上に建てられた詰所、床の配筋

 Meisei2n  Meisei3n  
・石材加工 
(岡山県北木島産の花崗岩(木島石)を深川で加工)
花崗岩の加工・仕上げ、切り出した石材を船で運ぶ、荷揚げ(石垣のある外濠?)

・鉄骨工事完了(11月) 
コリント式円柱の原寸大模型(モックアップ)が立つ(昭和7年5月頃)

 ・石材工事
石材を現場に運搬、基壇部分の据え付け(外部石材据付は昭和7年4月から)

・定礎式(昭和7年5月5日) 
(岡田信一郎は定礎式を控えた4月4日死去)
日枝神社の神主、出席者に曽禰達蔵、岡田捷五郎

・コンクリート工事
上階へコンクリートを運ぶ
屋上部分の工事(鉄筋コンクリート工事は昭和7年7月までに完了)
屋上から見た周囲の街並み

・外観が完成
(外部石材据付は昭和7年10月末までに完了)
(竣工は昭和9年3月31日)

・開館式(昭和9414日)
式典、屋上で談笑する関係者、周囲の街並み

Meisei4n

画像はいずれも『六十年史』より。

左は定礎式の様子。西南隅の部分に定礎銘格納筺(中に定礎銘、定款、新館旧館写真、40周年記念誌、職員録など)を納めたという。

2020.3.25暫定版、3.31一部修正、4.1一部修正・画像追加)

コメント

映像の由来について:
病床の岡田に見せるため、工事の様子を16ミリフィルムで撮影した、という逸話が残されています。

ただ、映像には岡田が現場を視察している様子なども映っており、はじめから工事記録として後世に残そうという意図があったと思います。(岡田が病床で見たというのがこの映像だったのかはよくわからず)

この映像は明治安田生命が保管していたのを、竹中工務店のギャラリーで展覧会を行うときに、120分のテープを30分に編集したものだそうです。(2012.6.2「わが国の近代建築の保存と再生」の講演会において、竹中工務店の加部佳治氏の発言)

投稿: 岡田ファン | 2020.03.26 00:10

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