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2020年10月の15件の記事

2020.10.26

OSN148岡田信一郎と分離派建築会

Bunriha(100年展を機に)分離派建築会と岡田信一郎の関わりをまとめてみた。
■第1回展と岡田の批評
東京帝国大学建築学科を卒業したばかりの石本喜久治らが、日本橋の白木屋で分離派建築会展を開いたのが1920年(大正9年)の7月18日(日)から22日(木)まで。
岡田信一郎が展覧会を見に行ったのは7月22日であった。芳名録を見ると、同じ日に芥川龍之介や新家孝正、瀧川鼎(たぶん)の名がある(注)。

岡田は展覧会から感銘を受けたようで「分離派建築会の展覧会を観て」という批評文を書いている(建築雑誌1920.9、アーカイブ)。
「諸氏の宣言は勇にして作品は怯である」などと辛辣な部分もあるのだが、全体に若い才能に対する期待が感じられる。

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2020.10.22

旧館を知る(東京都美術館)

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東京都美術館で「旧館を知る」の展示を行っています(12月6日まで)。
建物正面の位置にあるのに、初めて入る場所でした。
公式サイト

旧館と言えば、岡田信一郎が設計したもので、正面の列柱が印象的です(1926年)。前川国男設計の現美術館が竣工した後、1976年に取り壊されました。
建築模型(竣工当時と戦後の増築後)や、図面、写真が主なもので、一般の方にはさほど面白味はない感じですが、岡田ファン的に気になったのが取壊しの様子を捉えた写真。
正面の列柱部分は、他の部分よりも後に解体されたようです。写真には、最後に残った列柱部分がクレーンで引き倒される様子が写っていました。今さら言っても仕方が無いですが、部分的にでも、モニュメントとして保存してあれば等と勝手な感想を持った次第です。
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(画像は公式サイトより引用、撮影時期は戦後)

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2020.10.20

探幽「漢武帝図」など

東京国立博物館本館8室(安土桃山-江戸)の展示に狩野探幽の作品が出ていました。
Blimg_5275一つは「漢武帝・西王母・長伯房図」3幅で、岡田信一郎の旧蔵品。1932年12月、岡田の逝去後に遺族から帝室博物館に寄贈されたものです。
Blimg_5277隣りにあった「山水図屏風」は西脇健治(実業家)旧蔵。数年前に取り壊された岡田の住宅作品・西脇邸の施主です。
2人の旧蔵品が並んでいたのは偶然と思いますが、岡田ファンとしては奇遇に感じる出来事でした。(展示期間11月1日まで)

以前の関連記事(大観「雨後」愛染明王像

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2020.10.19

桃山展(東博)

Blimg_5264 桃山展を開催中の東京国立博物館に行ってきました(11月29日まで)。
公式サイト
お目当ては狩野永徳の洛中洛外図(上杉本)。細かいところまでは見えませんが、保存状態がよく鮮やかで、改めて感心しました。会期の後半(11月)には別の洛中洛外図(舟木本、勝興寺本など)や永徳の唐獅子図屛風が出るので、また行かねば。

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これは平成館1階に展示されていた「花下遊楽図屛風」の高細密な複製。オリジナル(桃山展に出展)は関東大震災で一部が焼失し、右隻の中央2面が空白になっていますが、こちらは焼失前の写真をもとに復元してあります。

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2020.10.18

分離派建築会100年展

分離派建築会が結成されてから100周年ということで、パナソニック汐留美術館で展覧会が行われています(12月25日まで)。
公式サイト
Bunri2
分離派建築会メンバーの石本喜久治、堀口捨己、山田守らは近代建築史上に残る作品を設計していますが、戦前期の現物はほとんど残っていませんし、結構マニアックな企画だなと感じました。

筆者(私)の興味は岡田信一郎関係なので、岡田のサインがある「第一回作品展芳名録」の現物が見られたのは収穫です。あとは、後藤慶二の描いた「辰野金吾作物集図」(辰野の作品で構成した架空の街並みを描き、還暦祝いに贈ったもの)や、岩元禄の西陣電話局にある裸婦像のレリーフ(型取りしたもの)などを興味深く見ました。

展覧会を機に、100年前に岡田信一郎が書いた「分離派建築會の展覧會を觀て」をテキスト化してみました(アーカイブ)。
石本の作品(納骨堂)については比較的評価しているようですが、山田の作に対しては「構造を考えてない」「塔が意味不明」「なぜ山奥に公会堂?」と手厳しい感じです。
(文中で言及される海外作品…サンテリア「新都市」バイロイト祝祭劇場ヒル・オーディトリアム

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2020.10.14

ユートピアの倶楽部

東京芸術大学で「藝大コレクション展2020」が開催されていました。「鮭」「悲母観音」「序の舞」など意外な名品が出展されているので見て損はない展示です。やはり建築部門は少な目で、ファンタネージによる建築装飾の素描など。
公式サイト(10月25日まで)
Kana 金澤庸治の卒業制作「ユートピアの倶楽部」(1924年)のパース図、断面図などが出ていました。
金澤は1900年(明治33年)生まれで、1919年に東京美術学校図案科第二部予備科へ入学。1924年3月に同校建築科を卒業しています。岡田信一郎(当時、東京美術学校建築科主任)の教え子ということになります。

美術学校では、図案科第二部から建築科に体制が変わったのが1923年5月で、金澤は建築科卒業生の第一号です(この年の「建築科卒業生」は金澤ただ1人。吉田五十八も同じ年の卒業ですが、病気で留年していたため、図案科第二部卒業ということになっています)。
「ユートピアの倶楽部」は大正期の表現主義建築の一例としてしばしば紹介されます。
以前は筆者(私)も、その名のとおり「空想的」「若気の至り」の作だろうと考えていたのですが、単なるデザインの面白さだけでは卒業制作の審査を通らなかったはず?、と疑問を持ちました。特に建築科に改組したばかりのことでもあり、岡田信一郎も金澤に期待をかけていたはずです。
Kana2岡田はかつて分離派建築会の展覧会に際して「構造の軽視の傾向が著しく目についた(略)構造の研究が充分でなく、且 構造を芸術味の基礎とする努力をしなかったことを残念に思ふ」(建築雑誌406号、1920.9)と批判していました。
金澤の作についても構造的な裏付けがなければ岡田は評価しなかったはずですが、素人にはちょっと判断が付きません。
専門家の視点で金澤の作品が、構造的、機能的にどう評価できるのか。聞いてみたいものだと思います。
(画像は「日本の表現主義展」図録(2009年)より引用)

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2020.10.13

原宿駅の様子202010

旧原宿駅舎の周囲に足場が築かれ、ネットが張られています(10/11撮影)。11月には全体が覆われてしまうようです(新聞報道)。
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2020.10.12

志賀高原ホテル

Blimg_4308上林温泉から東へ10kmほど。
丸池近くに志賀高原歴史記念館があります。
志賀高原ホテル(1937年)を保存し、公開しています。清水組の設計施工によるホテル建築です(ドイツ人が指導したとの説あり?)。
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Blimg_4300_20201011214201山小屋風の素朴な外観ですが、大きな暖炉のある吹抜けのホールやステンドグラスなど見どころが多く、かつての国際観光ホテルの面影を偲ぶことができます。(志賀高原ガイド
ただし客室部分はほとんど撤去されており、残っていません(3階の2室は残っているかもしれませんが非公開)。
画像は建築雑誌634号掲載、竣工当時の平面図。翼を広げたような形で左右に客室が並んでいました。
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2020.10.11

志賀山文庫(渋沢信雄邸)など

志賀山文庫の建物がレストランTHE FARMHOUSEになったと聞いて行ってみました。
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元々は長者丸(品川区上大崎)にあった渋沢信雄邸でした。佐藤秀三の設計で1938年に建てられたハーフティンバーの洋館です。(佐藤秀のサイト
1985年、上林温泉に移築し、志賀山文庫として志賀高原ゆかりの文学者らの資料を展示していましたが、2007年に閉館。
その後、2017年にバー&レストランになったということです。(real localnの記事
外観や玄関付近にはかつての渋沢邸の趣が残っているようです。

Blp1240054 周辺には和風の温泉旅館が並び、黒川紀章設計の美術館もあります。山の奥には猿の入浴で有名な地獄谷温泉がありますが、行っていません。
(画像は1901年創業の塵表閣)

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2020.10.09

軽井沢にて

9月に軽井沢へ行ってみました。
八田別荘の一般公開が目当てでしたが、外側から見るだけ。内部は障子、畳の普通の日本家屋のようです。
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軽井沢において日本人初の別荘(1893年)ということで、この場所に現在まで残っていることに意義があると感じました。

近くにある喫茶店の珈琲歌劇。
1982年に芦屋から移築したものだそうで、ステンドグラスのあるハーフティンバーの洋館です。時間が合わず中は見られませんでした。
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2020.10.08

画像について

2019年3月以前の記事で、縦長画像を拡大表示すると横を向いてしまう現象が起こっています。修正には一件ごとに元画像から貼り直す必要があるようで対応しきれていません。

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2020.10.07

横須賀の聖ヨゼフ病院

Blimg_3502 これも戦争遺跡の範疇か…?
海軍関係の横須賀海仁会病院(1939年)が、聖テレジア会総合病院聖ヨゼフ病院として残っていました。
石本喜久治の設計による戦前期のモダニズム建築としてdocomomoの選定にも入っていましたが、新築の病棟が竣工して取り壊されることになりました。
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(訪問は8月なので、現状は不明です)
特徴はなんと言っても曲面を描く壁面。傾斜地の狭い敷地(旧町役場跡らしい)に建てられた関係でこうしたデザインになったようです。
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2020.10.05

鉄道連隊の遺構

格納庫からほど近い、千葉経済大学の敷地に陸軍鉄道連隊の遺構(旧鉄道聯隊材料廠煉瓦建築、県指定文化財)が残っています。赤煉瓦の長大な建物です。
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1908年(明治41年)に材料廠として建てられ、かつては車両やレールの修理をしていたと聞くと、長いのも納得です。
千葉市の公式サイトに内部の写真があり、アーチ構造が連続していることがわかります。

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2020.10.04

気球連隊の格納庫

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千葉市稲毛区に残っていた戦争遺跡の格納庫(陸軍気球連隊第二格納庫)が取り壊されると聞き、見に行ってきました。
(見学会がありましたが仕事で行けず、9月21日に訪問)

モノレール駅から住宅地の中を歩いて行くと、予想より大きな格納庫が見えてきました。高さは15mほどあるそうです。
最近まで米の倉庫として使用されてきましたが、台風で屋根に被害を受け、老朽化のため取壊しが決まったということです。(朝日新聞9月30日)

鉄骨トラスで造られた大規模な戦争遺跡として貴重な存在だったと思います。
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2020.10.01

岩佐多聞邸が移築へ?

Iwasaimg_3885 取壊しが危惧されていた岩佐多聞邸ですが、沼田市に移築する話が進んでいるようです。
上毛新聞(9/26)「久米民之助の旧邸宅 東京・代々木上原から沼田市街地に移築へ」

岩佐邸が旧久米民之助邸であることは朝日向猛氏のHPに記載があります。

実業家の久米民之助1861-1931年)は沼田城址を私費で買い取り公園に整備して沼田町(当時)に寄付しており、沼田市の名誉市民になっています。
また、市役所周辺には既に旧沼田貯蓄銀行、旧土岐家住宅洋館が移築されており、旧沼田教会紀念会堂の移築工事中。
この一帯を「大正ロマンの街」として整備を進めているそうです。

5月頃から一部で岩佐邸取壊しの話題が出ていたようですが、朝日向猛氏のHPで久米民之助邸と公表されたのが8月のこと。沼田市に話が行ったのはその後だと思いますので、沼田市の迅速な対応は素晴らしいことです。

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