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2020.08.26

ハーフティンバーの駅舎

原宿駅はハーフティンバーと呼ばれる様式で、関東大震災の翌年、1924年(大正13年)に竣工しました。設計者は鉄道省技師の長谷川馨とされています。
小野田滋氏(鉄道総合技術研究所情報管理部長)が鎌倉駅や官庁集中計画と関連して原宿駅を論じているのが面白いと思ったので、紹介します。

Kama197945004325_624_v1537992114 かつての鎌倉駅(1916年)は中央の時計塔が印象的な駅舎でした。
Kama_shinsai竣工当初はハーフティンバーの木造駅舎でしたが、いつの頃からか(震災後の改修?)、モルタル仕上げの壁に改めたようです。古い写真を見ると木組の様子が確認できます。。
上の画像は1979年撮影:Blog「阿房列車ピクトリアル」から引用。下は関東大震災後の駅舎)

鎌倉駅は、東京帝国大学出身(1909年卒)の技師・上野肇による設計と言われます。
原宿駅を設計した長谷川馨は名古屋高等工業学校の3期生(1910年卒)で、上野より年少になりますが、鎌倉駅建設の際に、現場監督を務めていたそうです。

上野肇は1921年12月に若くして亡くなります。国会議事堂の設計コンペ(1918年)に応募するため、無理を重ねて体を壊したようです。

原宿駅にハーフティンバーのデザインが採用された背景には、大正期の田園都市構想やロマン主義などの要因もありそうですが、直接には鎌倉駅からの影響と考えられます。

(補足)
現在の鎌倉駅は1984年の竣工。建替えに際して反対運動が起こったため、妥協案として(1)中央の時計塔を西口広場に移設する、(2)旧駅舎のデザインを新駅舎に採り入れる、ということで収めたようです。

(参考文献)小野田滋「大正浪漫の駅舎 原宿駅」(鉄道ファン、2011.1-2)、馬場知己「駅のうつりかわり」(汎交通、1984.1)

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