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2020.03.30

OSN142アメリカの保険会社(追記)

Metroimg_0661(その1)前回紹介した「ホームオフヰス訪問」が掲載された『生命保険経営』は、アメリカ帰りの生命保険関係者(日本生命の国崎裕、帝国生命の藤川博、明治生命の牧野亀治郎)らが創立した生命保険経営学会の機関誌である。

当時、近代的経営を学ぶために各社では社員(職員)をアメリカに派遣していた。
同誌の1931年9月号には生田武夫氏(簡易保険局)の「外遊雑記」という記事が載っている。英・米の生命保険会社を探訪した経験談だが、これを読む限り、アメリカの保険会社はかなり親切に対応している印象である。後進国の日本に対して、まだ友好的な時期だったということか。
(画像はニューヨークのメトロポリタン生命保険)

(その2)稲田が「ホームオフヰス訪問」で取り上げた23社の中に岡田捷五郎の視察先が含まれる可能性を前回記したが、稲田と捷五郎が実際に見て回った保険会社は何社ぐらいだろうか。今は推測を重ねる他はないが、一応書いておきたい。

岡田捷五郎の視察旅行については「[1929年]六月二十一日天洋丸にて出発渡米、来る九月末帰朝の筈」とある(建築雑誌522)。ただし履歴書(1965年作成)には、「昭和五年六月より十一月迄 北米合衆国並に「カナダ」に建築視察の為旅行」と書いている(昭和5年は4年の誤り)。当時は明治生命館の設計が進行中であり、また稲田も勉学を中断しているとすれば、ゆっくり視察している訳にもいかないはずだが、当初の予定を少し伸ばしたのだろうか。

横浜からサンフランシスコまでは約半月かかったはずで、7月5日頃に到着か。稲田のいるフィラデルフィアへは鉄道でさらに数日かかる。
稲田が「帰国を三ヵ月ばかり延ばして」と書いていることを考え合わせると、10月中旬頃まで視察し、11月初めに帰国したのではないか。
同年10月24日(暗黒の木曜日)に株価が大暴落し、世界恐慌の幕開けとなるが、捷五郎が滞在したのはその直前の時期ということになる(稲田は少し遅れて1930年に帰国)。

7月初旬から10月中旬までの滞在だとすれば、約100日間である。単に見て回るだけなら100社以上回れそうだが、表面的な観察を重ねても意味がないだろう。出発前に何社か候補を選び、資料を集めていたはずだが、アメリカに着いてから稲田やその恩師、関係者らの話を聞いて、追加した視察先もあったと思う。
「ホームオフヰス訪問」が12都市の23社を取り上げているのを目安として、準備期間や移動時間も考慮すると、3か月の間に十数都市を回り、じっくり見たのは20-30社程度、といったところではないだろうか(想像)。

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