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2020.01.05

OSN132三井本館と明治生命館2

Ordermeiji まず、三井本館と明治生命館のファサードに並ぶ「円柱の長さ」を比較してみる。どちらもコリント式の円柱である。(図は明治生命館の「丸柱石割図」)

三井本館は高さ60cmほどの基壇の上に大きな円柱が並んでいる。円柱の長さを図面で見ると54フィート1インチ=約16.48mである。
明治生命館の方は1階部分を基壇として、2階から6階の高さ分の円柱が並んでいる。円柱の長さは53尺5寸5分=約16.22mである。ということは両者の円柱の長さはほぼ同じである(これは偶然なのかどうか?)。


建築オーダーは柱を中心にした比例関係の体系である。ルネサンス期に古代の建築理論書が再発見され、数多くの理論書が書かれた。また、フランス・アカデミーではそれらの理論書を巡って延々と議論を重ねていたのであった。

オーダー【order】
建築の構築的体系およびその秩序。後には特に、古典建築様式における円柱の形式とそれに付随する構成の比例体系を指すようになる。古代ギリシア思想においては、あらゆる自然の有機体と同様に、建築も自然の法則に従い、あるいはそれを模倣すべきものであった(アリストテレスのいう〈ミメーシス〉)。したがって建築の各部は、人体がそうであるように、それぞれが独自の形態と役割を保ちつつ、調和(シュンメトリア)のとれた全体を構成しなければならず,そのためには各部相互の関係、特に寸法的比例(プロポーション、エウリュトミア)が重要であると考えられた。(世界大百科事典 第2版)

オーダーの種類(ドリス式、イオニア式…)ごとに、例えば「柱の長さを直径の何倍にするか」等々の規則が導き出される。
コリント式オーダーの場合、ルネサンス期のヴィニョーラは「柱の長さは直径の10倍」としたが、セルリオは9倍、パラディオは9.5倍、といった具合で、論者によって9倍-10倍の間で差異があった。
フランス・アカデミーでは1701年に10倍が正しいと決定している。(土居義岳『アカデミーと建築オーダー』)

三井本館の場合、直径は5フィート9インチ=約1m75、明治生命館では5尺3寸5分=約1m62である。明治生命館はほぼ10倍であり、ヴィニョーラ/フランスアカデミーの比率に忠実なようである。三井本館は約9.4倍ということになり、明治生命館に比べてやや太目である。

なお、三井本館は正確にいうと円柱になっておらず、柱の一部が壁にめり込んだような形になっている。明治生命館では壁から少し離して円柱を立てている。これは不覚にも図面を見るまで気付かなかった。(図は三井本館)
Mituicapital002
次に、柱の本数を確認しておこう。三井本館では、東側(中央通り側)・西側(日本銀行側)ともに円柱が4本、その左右に付け柱が2本ずつ、合計8本並んでいる。三越に面する南側は円柱が14本、左右に付け柱2本ずつで18本である。3方向が街路に面しており、どこまでも柱が並んでいる印象を受ける。特に南側の列柱は壮観である。
明治生命館では皇居に面する西側に円柱が10本、南側(馬場先門通り側)に円柱が6本並ぶ。特に皇居側からの眺望を強く意識していることが感じ取れる。列柱の左右の部分を厚い壁にすることで、柱の存在を浮き立たせているように見える。

円柱は等間隔に並んでいるもの、と思い込みがちであるが、図面で確認すると違っていた。
三井本館では、三越に面する南側の柱間(柱の心心)が19フィート=約5m79、柱間/直径の比率は約3.3である。ただし、中央玄関の部分(ペディメントの付いた3スパン分)ではやや広げて19フィート6インチとしている。東側・西側はやや狭く、ともに18フィートである。
明治生命館では、皇居に面する西側の柱間は21尺5寸=約6m51、柱間/直径の比率は約4である。三井本館に比べ広めにしている。南側は19尺2寸8分=約5m84で狭くなっている(三井本館の南側の柱間とほぼ同じ)。
Mitumeijifacade

【補足1】冒頭に引用した図面は、石材を加工するために作成したものである。
円柱を(輪切り状に)13区間に分け、下の方からA、B、C…Mと符号を付けて、各部分の寸法を示している(装飾の多い柱頭部分は別図)。A(ベース)、B(シャフトの下端)には少々複雑な繰形が付いている。CからFまでは同じ直径で5尺3寸5分(この数値が建築オーダーの基準になる)、その先は少しずつ細くしており、L・Mの接点で4尺8寸。Mがシャフトの上端になる。直径が最も細くなる部分の寸法は記載してないが、4尺7寸くらいだろうか。5尺3寸5分→4尺7寸だとすれば、9分の1逓減に近いか。
【補足2】三井本館の図面はフィート・インチで表記され、明治生命館は尺・寸である。逓信省の吉田鉄郎が残した図面を見ると、官庁系では大正末頃からメートル法で表記していたようだが、民間ではまだ尺・寸の表記が多かった(岡田信一郎の生前に作られた図面はすべて尺で表記されている)。
三井本館はアメリカ直輸入(施工もアメリカの会社)だけにフィート表記を採用しているのだが、現場で働いているのは多くが日本人である。
フィートを尺に換算する係の人がいたはずであるが、頭がゴチャゴチャにならなかったのか、うっかり換算ミスをして冷や汗をかくことはなかったのか、そんなことがどうも気にかかる。

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