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2018.03.21

OSN122工業大辞書(続)

Karutusi
岡田信一郎が執筆した『工業大辞書』の項目を具体的にみてみよう。

(西洋建築の用語)
*拱(アーチ)、アチック、オーダー、カルツーシ(右の画像)
(西洋建築史)
*愛蘭土(アイルランド)建築、アングロ・クラシック建築、アングロ・サクソン建築、アングロ・パラヂアン建築、英吉利(イギリス)建築、希臘(ギリシャ)建築、クラシック建築、ノルマン建築
(西洋の建築家)
*アポロドロス(古代ローマ)、アルベルチ(15Cイタリア)、アレッシ ガレアツオ(16Cイタリア)、イクチノス(古代ギリシャ)
(日本建築の用語)
*合口、足代、足止丸太、足場、阿迫羽目(あぜりばめ)、アテ、歩、嵐打、石敷、石畳、板抉(いたじゃくり)、甍、入子板、齊柱(いんばしら)、内法、腕木、埋土台、裏板、椽座敷、拝打、蟇股(かへるまた)
(日本建築史)
*城堡(じょうほ)建築

語の定義のみで数行程度の短い項目もあるが、イギリスを中心に西洋建築史関連の項目に力を入れているようである。
『工業大辞書』は国会図書館デジタルライブラリーで公開されているので、比較的長く、図版がある項目へのリンクを示しておく。

*拱(アーチ) (第1冊)1909(M42).3刊
*英吉利建築 (同上)
*オーダー (第2冊)1909.9刊
*希臘建築 (第3冊)1910.5刊
*城堡建築 (第5冊)1911.6刊
*ノルマン建築 (第7冊)1913.8刊

ところで、工業の用語を調べたいという一般読者に対して、ガレアッツォ・アレッシの説明がどれほど重要性を持つのだろうか。建築史好きな私(筆者)も、少々疑問に感じる点である。

それはさておき、ここで気が付くのは、岡田が執筆した記事の分布が、前の方に偏っていることである。
あ行、特に「あ」で始まる用語が多く、か行以降は少なくなる。
項目数でいうと、「あ」17、「い」8、「う」4、「え」1、「お」2、「か」2で、後は「き」「く」「し」「の」が各1で、合計38項目となる。

岡田以外にも、塚本靖、佐藤功一、前田松韻、佐野利器について、執筆項目の分布に偏りが見られる。これらの執筆者が担当した項目数を表にしてみた。
(3行程度の記事から数ページにわたる記事もあり、単純な比較はできないが、分布が偏っていることはわかると思う。)

 
冊数第1冊第2冊第3冊第4冊第5冊第6冊第7冊第8冊
刊行1909
 3
1909
 9
1910
 5
1910
 11
1911
 6
1912
 1
1913
 8
1913
 8
岡田 30 4 2   1  1 
塚本 1     17 28 69 112
佐藤 19 11 1 1 1  11 1
前田   1 6 1 1   
佐野   1 2 1 1   

このように執筆項目の分布が偏っているのは、執筆時期にむらがあったことの反映と考えられる。
塚本、佐藤、前田、佐野の4人には、この頃海外へ出かけた期間があり、それが執筆時期に大きく影響しているようである。

塚本靖(東京帝国大学教授)の場合、第1冊刊行の前年、1908年(明治41年)には清国に出張している。また1910年1月から12月にかけては日英博覧会の事務でロンドンへ出かけている。こうした事情のためか、第1冊の亜米利加(アメリカ)建築の後、しばらく執筆項目が見当たらず、帰国後の執筆とおぼしい第5冊以降、項目数が大きく増えている。
塚本の執筆項目のほとんどは、ヨーロッパの建築家に関わるものである。建築家以外では、図書館、モザイック、露西亜(ロシア)建築を担当している。

佐藤功一(早稲田大学教授)は、早稲田大学に建築学科を新設するのに先立ち、1909年4月から1910年8月までヨーロッパへ留学に出かけている。項目数が多い第1冊、第2冊は留学前に、第7冊は留学後に執筆した、ということであろう。
執筆項目はアッシリア建築、埃及(エジプト)建築、エトルリヤ建築のほか、日本建築の用語が多い。

前田松韻(東京高等工業大学教授)の場合、1908年12月頃に工業大辞書の執筆を分担した旨の記録があり(『木葉会会誌』第3号)、執筆を開始した時期が特定できる。また、前田は日英博覧会の建築装飾を担当することになり、1909年12月にロンドンへ向けて出発している。帰国は1913年3月で、この頃には既に前田が執筆する必要はなくなっていたのだろう。
前項で記したように、私(筆者)は1908年1月頃から各項目の執筆が始まったと推測している。前田は1年ほど遅れて参加し、ロンドン出張までに合計9項目を執筆したことになる。
執筆項目は教会堂、建築材料のほか、日本建築の用語である。

佐野利器(東京帝国大学助教授)の場合は、1910年12月に海外留学に出かけている(帰国は1914年4月)。数は少ないが、留学前に5項目を執筆したことになる。
佐野が執筆した項目は、穹窿(きゅうりゅう=ドーム)、規矩術、建築構造、小屋組、湿気止め構造、である。

『工業大辞書』の当時、建築界では鉄骨造、鉄筋コンクリート造の新技術が導入されつつあったが、それらに関する記述は意外に少ない。構造が専門の佐野としては、物足りなく思ったのかもしれない。
(鉄筋混凝土の項目を土木工学科出身の日比忠彦、鉄骨構造の項目を内田祥三が執筆している)

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