« 黒田記念館特別室開室 | トップページ | 神奈川県立近代美術館 »

2016.01.20

西脇邸

Nisiwakip1030774
内藤多仲邸(新宿区若松町)の隣にある岡田信一郎設計の西脇邸が、取り壊されてしまいました。

一見、外国人アパート?といった趣きの西洋館で、小川三知制作のステンドグラスがありました。竣工は大正末頃?
昨年の岡田別邸取壊しに続く悲報です。
(画像は2009年撮影)

|

« 黒田記念館特別室開室 | トップページ | 神奈川県立近代美術館 »

コメント

これほど維持管理が行き届いた小品、それとも中品?規模の洋館が取り壊されるというのはとても悲しいことです。岡田という巨匠の設計作品もこれほど躊躇なく取り壊されるとは・・・・・少し話は逸れるのですが、九段の山口邸はご存知でしょうか?木子七郎+内藤多仲+今井兼次の3者が設計した邸宅なのですがこちらの山口邸の主人は新潟長岡の石油王(日石の創業者の一人)であった山口家、その東京邸となります。対して西脇家は新潟小千谷市の金融・銀行家、東京進出後は太陽生命を創業)お互い隣町の大豪商にして大地主、古くからの付き合いがあったと思われます。その西脇家の隣に木子七郎との共作の内藤多仲自邸があるということは?なんらかの形でこの新潟の2つの家と内藤多仲に深い付き合いがあったのか?とかってに憶測しています。岡田信一郎とも内藤多仲の関係も深いはずですし・・・・・建築探偵ではありませんが勝手ながら憶測が広がります。

投稿: | 2016.03.13 21:04

山口邸は、昨年藤森先生が紹介されてましたね
http://www.toto.co.jp/tsushin/2015_spring/modernhouse1.htm

木子七郎は岡田の後輩(高師附属、帝大)で、日赤病院の仕事を引き継いでいるなど、つながりはあったと思います。

内藤さんが西脇家から土地を購入するときに、岡田が紹介した、という話が残っています。
内藤邸の設計にも岡田が関わった可能性があるのでは、と勝手に想像しています。

投稿: 岡田ファン | 2016.03.21 10:11

はじめてコメントさせていただきます。

私は小笠原邸と西脇邸のすぐ近所で生まれ育った者です。小笠原邸の存在は子供の頃から知っていたのですが、細い私道の奥にあった西脇邸のことは、つい3年ほど前まで知りませんでした。

もともと近代建築が大好きな人間なのですが、ひょんなことから私道に入って西脇邸を始めて見た時の、あの衝撃は忘れられません。こんな近所にこんな素晴らしい建物があったなんて…と。

以来、時折、思い出したように私道に入っては遠目に眺め、中の様子やステンドグラスなどに想像をめぐらし、勝手に興奮しておりました。

それが…。

先日、久しぶりに「西脇邸」を検索し、こちらのブログで悲報を知りました。そして、昨日、取り壊された様子を、この目で見てまいりました。広大な敷地がただの土と化しており、こんもりと生い茂っていた木々も、玄関にあった桜の大木も何もかもなくなっていて、呆然としてしまいました。

もしも、西脇邸について、よくご存じの方がいらしたら、情報をいただけると幸いです。といっても、そもそも非公開の建物ですからね…。

とにもかくにも、さびしいかぎりで、思わずコメントしてしまいました。どうもすみません。

投稿: 西脇邸ファン | 2016.05.08 21:42

コメントありがとうございます。まったく残念なことです。 
西脇邸については、田辺千代さんが著書「日本のステンドグラス 小川三知の世界」で紹介されているのが多分唯一の文献でしょう(写真は増田さん)

ステンドグラスは(もしかすると)どこかへ移されたかもしれませんが、情報はありません…

投稿: 岡田ファン | 2016.05.09 23:28

岡田ファン様、西脇邸についての情報を、ありがとうございました。さっそく、図書館で予約しました。今後も、ときどきブログをのぞかせていただきますね。

投稿: 西脇邸ファン | 2016.05.11 20:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 黒田記念館特別室開室 | トップページ | 神奈川県立近代美術館 »