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2015.06.20

OSN111アルス建築大講座

ワグナー十年祭」(前項)と前後して、岡田は論文の締切に追われていた。
当時、叢書『アルス建築大講座』(アルス社、1926-1929年)が刊行中であった。当初は月1回の刊行、全12巻で完結の予定だったが、刊行は遅れて4年越しとなり、全17巻に追補巻を加えて完結となった。
この中で岡田は「近代建築」を、石本喜久治は「最近建築様式論」を担当することになっていた。

岡田の病気のため「近代建築」の執筆は遅れており、アルス社の編集担当も苦慮したことだろう。『大講座』の第12巻(1927.12)、第13巻(1928.2)巻末の編集後記には、第15巻までに「近代建築」を完結させる旨の記述がある。論文の材料はかなり集まっていたはずで、岡田も何とか完成させるつもりだったと思われる。
石本が朝日新聞にワグナーの記事(1928.3.16)を寄せたのは、ちょうどこの頃である。
岡田にとって、ワグナーの話題は大いに気になったのではないか。

岡田の「近代建築」は、結局公表されず、幻の論文に終わってしまった。岡田ファンとしては、「十年祭」で講演ができなかったこと(前項)、「近代建築」が刊行されなかったことは、何とも残念である。

ところで、「近代建築」と「最近建築様式論」は、どういう内容を予定していたのだろうか。

石本は1926年10月、京都市公会堂で「最新建築の様式の話」という講演を行っている。ルネサンス以降、コルビュジエまでを概観しているが、そこでは次のように説明している。

近代建築を普通に古典主義の建築、浪漫主義の建築、折衷主義の建築と斯う三つに分けて居ります。(…)
最近建築様式としましては機能主義的建築、構成主義的建築、表現主義的建築、さうして今後どう云ふ建築様式が産れて来るかと云ふ事になるのであります。[※下線は引用者]
「近代建築」の例に挙げられているのはマドレーヌ寺院(1842年)やオペラ座(1875年)等である。
石本の定義では、「近代建築」はほぼ19世紀建築にあたり、20世紀建築が「最近建築様式」になるのであろう。

もっとも、石本も「最新建築の様式の話」とうたいながら、19世紀建築からの流れで話を進めている。「近代建築」と「最近建築様式」の区分は自明なものではない。
前項で記したように、岡田、石本ともに、ワグナーには強い思い入れがあったから、両者ともワグナーを軸に論じる予定だったのではないかと想像している。

「近代建築」は未刊に終わったが、「最近建築様式論」の方は、石本と岡田孝男(京大建築学科在学)の共著として、『大講座』第16巻(1928.12)・第17巻(1929.5)に掲載された。
内容は19世紀建築からアーツ・アンド・クラフツ、セセッションを経て、構造主義、表現主義等の20世紀建築を論じ、F.L.ライトで締めくくっている。(ル・コルビュジエやミースには少しだけ言及している。)

岡田信一郎が論じるはずだった「近代建築」に代わって、19世紀建築やワグナー等に大きくページを割いているかのようでもある。

 ※末尾に「最近建築様式論」の章立てを掲載。

岡田孝男は(同姓で少々まぎらわしいが)岡田信一郎と直接の関係はない。
1898年生まれ、島根出身。1922年(大正11年)に京都帝国大学工学部専科に入学(「京都帝国大学一覧」)。武田五一の指導を受けた。
1925年に専科を出た後、雑誌『新建築』の創刊に関わった。1927年、京大建築学科に入り直し、1929年に卒業した。
1925年に提出した論文「現代建築歴史 セセッション以後」は、19世紀建築及びワグナーから表現派までを扱っており、「最近建築様式論」のもとになったと考えられる(原文は未見)。

同窓の東畑謙三(1926年卒業)によれば、当時の岡田孝男は「武田先生のもとで私設助手として先生の学外活動の手助けと、建築様式の研究をしておられた」、また「『新建築』が東京に進出するまでの4年間、(…)ほとんどひとりで編集をしておられた」という(『新建築』1993.3)。
海外の建築家(メンデルゾーンら)に依頼して文献や写真を取り寄せ、『新建築』誌上で作品紹介を行った。

石本は1926年頃から京大で講師(非常勤?)を勤めたという。ここで岡田孝男の力量を認め、「最近建築様式論」の執筆に協力を求めたのであろう(「京都帝国大学一覧」や「京都大学工学部建築学教室六十年史」には石本の名前が見当たらず、詳細は不明)。

前項では説明をはしょったが、京大でも「ワグナー十年祭」の催しがあった。東京の十年祭にやや遅れ、1928年5月11日、楽友会館で講演会が行われた。演壇に立ったのは、岡田孝男、東畑(卒論はワグナー論)、森田慶一(分離派建築会)、武田、服部勝吉である。
当時の京大建築学科では、武田を中心にワグナー研究が深められていたようだ。

※『アルス建築大講座』「最近建築様式論」章立て
第1章 総論…石本が京都市公会堂で行った講演(上記)と同内容
第2章 オットー・ワグナー…2章-10章は岡田孝男の論文(上記)に加筆か
第3章 既往の建築様式…古代から19世紀まで
第4章 新建築への道…モリスの工芸運動(アーツ・アンド・クラフツ)
第5章 アール・ヌーボー…サリバン、ヴァンデベルド等
第6章 ウイーン・セセッション…ホフマン等
第7章 ダルムスタットのセセッション…オルブリッヒ等
第8章 伝統派…ベルラーヘ等
第9章 構造派…ベーレンス等、9章まで『大講座』第16巻掲載
第10章 表現派…ペルチッヒ、タウト等
第11章 シカゴ派…ライトとその影響、岡田孝男執筆か

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