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2015.04.19

OSN109弟、捷五郎の外遊(続)

岡田捷五郎、小笹徳蔵にやや遅れて、権藤要吉と吉田五十八がヨーロッパに向かった。
権藤は宮内省内匠寮技手で、公務での出張である。
吉田は親友、捷五郎の外遊に刺激されたのか、父親から援助を受けての旅である。
Teienbi
権藤は詳細な渡欧日記を残しており、その周辺に捷五郎、小笹、吉田の姿が垣間見える。
以下、権藤の日程については、主に牟田行秀氏の論文(文末に記載)を参照した。(別に牟田氏よりご教示いただいた内容(※)を含む)

1925年2月12日、権藤は横浜から賀茂丸で出発した。4月、ロンドンに到着し、大英博物館、ヴィクトリア&アルバート美術館、バッキンガム宮殿などを見て回った。
5月23日、権藤は思いがけず捷五郎と小笹に出会った。2人は前日、大陸からロンドンへ着いたところだった。この後も、捷五郎と小笹、権藤はよく顔を合わせた(※)。

吉田五十八は4月13日、横浜から箱根丸で出発した。やがてロンドンに到着し、捷五郎らと合流した。

7月8日、権藤は吉田、中原(機械関係?)の3人でグラスゴー方面に旅した(※)。
7月15日、権藤は拠点をロンドンからパリに移し、同月25日頃には捷五郎と吉田もパリに移った(※)。

8月3日、権藤と吉田はベルギー・オランダ旅行に出発した。捷五郎は別行動でドイツに向かったようである(※)。
権藤はドイツ、チェコ、オーストリアを回り、9月、パリに戻った。

10月1日、権藤、吉田、捷五郎の3人は万国博覧会(アールデコ博)を見学した。権藤は7月にも見学しているが、すっかり博覧会が気に入ったようで、少なくとも5回は会場へ足を運んでいる。

10月15日、権藤はスイス・イタリア旅行に出発した。吉田と捷五郎が同行した(※)。
吉田は後に、ドイツなどの新しい傾向の建築は期待はずれのものが多かったが、フィレンツェの初期ルネサンス建築や各地のゴシック建築に深い感銘を受けた、と回想している。

11月に権藤はパリに戻る。
11月13日、吉田がロンドンに旅立つのを、権藤が見送った(※)。(捷五郎の動静は不明)

その後、捷五郎と吉田はアメリカに渡ったようだ。2人は翌1926年1月23日に帰国した(「校友会月報」1926.2)。

権藤がアメリカに着いたのは1925年12月15日である。新年をニューヨークで迎えるが、年明け早々病気となり、生死の境をさまよった。回復するとコロンビア大学の図書館に通い、資料に読みふけった。シアトルから伊予丸に乗り、3月に帰国した。

一方、小笹の足取りはよくわからないが、回想によると、ロンドンに1か月、パリに1か月、ベルリンに1か月、といった具合に主要都市を回ったという。「ひとり旅は嬉しいもんで、スエーデンの市庁舎をわざわざ見にも行きました」と書いているから、身軽に行動していたようだ。
小笹はアメリカなどで流行中のスパニッシュ様式を目の当たりにし、これが帰国後の仕事に生かされた。
1924年8月に帰国し(「清水建設百七十年史」)、帰国後第1作となる京都ホテルは1925年2月に着工している。

建築家が外遊先で何を見てきたのかは興味あるテーマである。しかし、具体的にわかる事例は意外に少ないようだ。権藤が詳細な日記を残しているのは貴重である。
(画像は権藤設計の朝香宮邸、2008年10月撮影)

参考資料
○権藤要吉渡航日記
図録「朝香宮邸のアールデコ」所収の坂本勝比古論文、「1930年代・東京—アール・デコの館(朝香宮邸)が生まれた時代」所収の牟田行秀論文に、日記の概要が紹介されている。

○小笹徳蔵の随筆
小笹は「私の3/4世紀 十九象夜話」(1965年)に欧米旅行のことを記している。ミケランジェロの壁画「最後の審判」や、レオナルドの「最後の晩餐」の印象などを書いているが、具体的な日程まではわからない。
小笹が出発したのは捷五郎と同じ1924年11月である。岡田信一郎の随筆(前出)に、「弟[捷五郎]の船室の相客は予て懇意の若い建築家のO君」とあるのに符合しており、捷五郎と同船だったと推測される。

○吉田五十八の随筆
吉田の「数寄屋十話」(1965年、「饒舌抄」所収)に欧米旅行のことを記した箇所がある。ヨーロッパ建築が吉田の建築観に大きな影響を与えたということであり、もう少し具体的に内容を知りたいところである。

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コメント

『辰野金吾』(河上眞理・清水重敦、ミネルヴァ日本評伝選)に、辰野の留学時代の資料が紹介されているのを後で知りました。特にイタリア建築から大きな影響を受けているとのことで、興味深く読みました。

投稿: 岡田ファン | 2017.02.22 00:45

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