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2015.03.12

OSN104中條百合子(続)

同年(1917年)6月26日、百合子は日記に岡田の結婚問題を記している。

岡信氏が結婚の問題で大分周囲の圧迫をうけて居るのだそうだ。それが、大抵あの人が銀時計を貰ったと云うことに起因して居ると云うのをきいては、友達面をして彼の内心を或程度まで索(さぐ)って居た者達に浅ましい心持を味わされる。
岡田と元赤坂芸妓・萬龍の結婚問題が朝日新聞で報じられるのはこの2日後(6月28日)である。報道の前から関係者の間では噂になっていたわけだが、百合子は父(中條精一郎)からこの話を聞いたのだろうか。
「銀時計」というのは、岡田が大学卒業時、明治天皇から贈られた成績優秀者の証しである。それが問題になるというのは、大学関係者あたりからの圧力であろうか。「友達面をして」いたというのも誰のことなのか。気にかかるところである。

1918年9月、建築用務のため父(中條精一郎)がアメリカに行くことになり、百合子も同行して出発する。父は翌年2月に帰国。コロンビア大学聴講生になった百合子は、15歳年上の古代東洋語研究家、荒木茂と結婚する。12月に百合子が先に帰国。翌1920年4月に荒木が帰国するが、結婚生活はうまくゆかず、1924年に離婚する。

1922年10月28日の項に、「帝展に行く。(…)岡田氏母堂並夫妻に会い、夫人の衰えきたなくなったのにおどろいた」とあるのは、岡田信一郎夫妻のことだろうか。
母親が同行している点は、親孝行の岡田らしい感じもする。ただ、29歳の妻(百合子の5歳年上)が急に衰えてしまったのだろうか。不審なことである。

1926年9月9日の項には次の記述がある。

母上と、国男をいかに今後するかということで心持が衝突した。母上は岡田君に世話されたりしてはいや応なく job でも分け一生頭が上らない、それよりは、大沢の子と一緒に事務所に入れ、人に何といわれようと図々しく引立てて一人前にしてやるべきだという意見。自分は先の通り。O君に世話して貰い、一人前になって事務所に入った方が父も彼も心易いと思い、
弟の中條国男は美術学校建築科の5年生で、翌年に卒業を控えていた。「大沢の子」というのは、国男の同級生、大澤三之助の長男・健吉である。
国男の卒業後の進路として、父親が共同経営者の曽禰中條事務所に入るか、岡田信一郎に就職の世話をしてもらうか(具体的には岡田のもとでしばらく修業するということだろう)、2つの選択肢をめぐって母親と百合子が口論になったのである(家族が干渉しすぎな気もするが…)。
第一、父の事務所だから、子が入れば、入れてどうにかものにするのが(威光で)当然という公私混同した威圧的の態度がいやで殆ど腹立たしくなった。いかにも、中流の一代でよくなった家の者らしく、現在は、百姓や友人や親戚やと決してゆずり合わず守って資産など殖やし、次の代になる息子を、「図々しくかまえ」てまで push up しようとする根性、我親ながらたまらず。
百合子は、母親のことを公私混同と非難しているが、父親もやはり外で勉強した方がいいと考えたようだ。国男は一時期、岡田の事務所に籍を置いている。

1927年12月、百合子は友人の湯浅芳子とともにソビエトのモスクワへ出発。1930年までモスクワに滞在を続けた。帰国後、百合子はプロレタリア文学運動に加わり、1932年2月に宮本顕治と結婚する。

同じ年4月4日、岡田が50歳で亡くなる。この年の百合子の日記は欠けており、他にも特に書き記していないようだ。
この前後、運動への弾圧が続き、4月7日には百合子も駒込署に検挙され、80日間拘束されている。
夫の宮本は検挙を逃れ、地下活動に入る。1933年2月、作家の小林多喜二が築地署で拷問の末、殺される。12月に宮本が検挙され、以後12年を獄中で過ごす。この間に百合子も度々検挙されている。

1935年1月、百合子は評論集「冬を越す蕾」を岡田復三郎(岡田の弟)の現代文化社から刊行(前記)。復三郎自身は共産主義や社会主義を奉じていた訳ではないが、運動には一定の理解があったようである。

(付記)
1936年1月、父の中條精一郎が亡くなった際、百合子は追悼文「わが父」、「父の手帳」で、娘から見た建築家の姿を書いている。
5年後の1941年6月、佐藤功一(前項参照)が亡くなる。中條家と佐藤家は家族ぐるみの付き合いで、国府津に隣り合って別荘を持っていたほどである。通夜に出席した百合子は、夫あての獄中への手紙(6月23日付)で佐藤のことにふれている。
(これらは青空文庫で閲覧可)

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