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2014.10.22

都市研究会の始まり

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「都市研究会は後藤新平(当時内務大臣)を会長とし、池田宏(土木局河港課長)を中心として、都市計画の必要性を感じていた佐野利器(東京大学教授)、藤原俊雄(実業家)、阿南常一(新聞記者)等により1917(大正6)年10月に誕生した。(…)設立初期の活動は、都市計画法の制定を支援することだった」(市政専門図書館ニュースレター2005.11)。
後藤新平が中心になって作った会のようにも思えるが、実際はどうだったのか。

以前、「都市研究会」の項で設立の経緯がよくわからないと書いたが、今回改めて調べてみた。

都市研究会の機関誌「都市公論」は、第2巻第2号(1919.2)及び第2巻第7号以降の復刻版が出ている。始めの方の号は見つかっていないが、創刊号から第3巻までの目次が別に作られており、記事のタイトルと執筆者はわかる。また、内田祥三文庫で第1巻第7号(1918.10)を確認できた。

創刊当初の記事のタイトルを見て違和感を覚えるのは、「市長問題」「東京市の財政」「市会議員選挙」など東京市政の話題が多過ぎることである。土木、建築分野の記事はほとんど見あたらない。創刊号(1918.4)の執筆者に藤原、一記者(阿南?)の名はあるが、池田、佐野の名はない。
「都市公論」は池田や佐野(土木、建築の専門家)の発想というより、(市会議員)藤原や(新聞記者)阿南あたりの発想から始まったのではないだろうか。

初期の号では、発行所(都市研究会)の所在地は麹町八丁目で、阿南の自宅になっている。阿南について調べてみると、都市計画法制定当時を回想している記事があった(新都市1957.3-4)。以下はその要約である。

阿南は東京市の水道課に勤め、村山貯水池の建設では住民の立退き交渉に当たった(大正初め?)。次いで報知新聞記者になり、逓信省、内務省、大蔵省、東京市などの官庁を担当した。
「欧米通」の内田嘉吉(逓信次官)と藤原俊雄から、日本の都市が貧弱で不整頓であることを聞かされた。また、内務省で市区改正委員会の事務を担当していた池田宏とともに欧米の都市計画について研究し、日本でも実行したいと考えていた。

1917年(大正6年)、阿南は内田逓信次官と二人で、奥田義人(東京市長)や渋沢栄一(実業界)の元を訪ねた。渋沢からは内務大臣の後藤新平が適任だろうと言われた。
阿南は一人で後藤に面会し、都市計画の実施を論じた。後藤は「外国では、都市計画はよいだろうが、日本の実情を見ると、未だ都市計画の施行は早い」と言った。
そこで阿南が「外国にはよいが、日本にはまだ早いとは一寸納得がいかない。それでは日本の文化が遅れるばかりだ。(…)そんな大臣は速やかにやめてもらいたいものだ」と挑発すると、後藤は地団太を踏んで怒鳴った。
日を改め、説得を重ねたところ、後藤も「それではやろう」ということになり、大臣室に池田を呼んで調査を命じた。
(阿南は明言していないが、これが都市研究会の設立に通じると思われる。)

以上はおよそ40年後の回想で、当時を知る当事者は既に誰もいない。従って話半分に聞く必要はあるが、内容は具体的であり、全くのでたらめでもないだろう。
「都市公論」第1巻第7号(1918.10)には内田嘉吉の講演筆記が掲載されている。内田は「予(かね)て御懇親にして居ります阿南君が、都市研究会と謂ふものを設けられ、賛成を求められたのであります。」と言い、都市研究会は阿南が作ったとしている。

阿南が後藤を説得した時期が具体的にいつなのかが気になる。内田嘉吉が逓信次官に就任するのは3月であること、奥田市長は5、6月頃には電灯問題の対応で忙しかったこと(やがて病に倒れ8月に亡くなった)などを考えると、4月前後だろうか。

後藤新平は当初、都市研究会の会長ではなかったようだ。創刊当初の「都市公論」に後藤の署名記事は見当たらず、第1巻第7号にも、後藤に関する記事は何もない。表には顔を出さず、顧問的な立場だったのかもしれないが。
1919年(大正8年)1月30日の評議員会において、後藤が会長に推戴された(「都市公論」第2巻第2号)。
評議員会の後、理事の池田、佐野らが後藤邸を訪れ、会長就任を乞うている(それまで評議員にも加わっていなかったということになる)。
後藤は前年8月に外務大臣を辞めており(東京市長には就任前)、会長就任を引き受けたのであろう。

以上はごく瑣末な点の詮索であるが、「都市計画法等の制定まで」の年表を作っていて気になったから、調べてみた。

※池田宏は1931年の講演の中で都市研究会の設立にふれて、池田自身の他に後藤、内田、阿南の名を挙げている(「都市計画法の由来と都市計画」)。創立の中心になったのは、これらの人々なのであろう。

(画像はニューヨーク市庁舎、Googleマップより拝借)

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