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2014年8月の3件の記事

2014.08.24

戦後の住宅

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そろそろ会期が終わりそうなので「戦後日本住宅伝説展」へ行ってきました。住宅は外側から見たり、図面や写真を見ても今一つよくわからないので、大した感想はないですが。
1950年代から1970年代の住宅作品が展示されており、20年ほどの間に大きな変化があったことはわかりました。

Saip1140719
コアのあるH氏のすまい(増沢洵、1953年)が意外によいと思いました。

Saip1140716
中野本町の家(伊東豊雄、1976年)はやはりいいですね。何と隣りのシルバーハットも既に無くなってるそうです(今治市の伊東豊雄建築ミュージアムに再現)。

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美術館のある北浦和公園の一角に中銀カプセルタワーの一室が展示されてました。メタボリズム展のときに六本木ヒルズ前にあったものです。

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2014.08.08

CMに黒田記念館

Hotelc
耐震工事のため休館中の黒田記念館が、なぜかカレーのCMに登場していました。

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2014.08.06

萬翠荘の建設

(前の記事の続き)
「拓川集」には、萬翠荘の竣工前後の加藤恒忠の書簡が掲載されている。

(史料5)1922年10月26日付、加藤(東京の賀古病院に入院中)から木子七郎宛書簡
 竣工間近の時期の書簡で、「松山の事大安心に御座候 路易(ルイ)十六世式金ピカは少々おかしからんと存候」とある。
(どういうことだろう?加藤は兼ねてから「金ピカ」の西洋館になることを案じていたが、写真で出来栄えを見て安心した、といった意味か?)
(史料6)同年11月1日付、(入院先から)木子宛書簡
 「一番町(萬翠荘)は御骨折にて既に竣工奉 欣賀候」とあり、10月中にほぼ完成していたようだ。
加藤は11月15日に退院した後、松山に向かった。皇太子(後の昭和天皇)が松山を訪れることになっていたからである。皇太子は香川で行われた特別大演習の後、11月22日から24日まで萬翠荘に滞在した。
(史料7)同年11月26日付、(松山から)木子宛書簡
 「一番町は御尽力の結果大成功にて 殿下(皇太子)は盛に御気に入り宮様にむかはせ『自分もこんな家が欲しい』と被仰候由」とあり、皇太子が萬翆荘を気に入ったことが木子に伝えられた。

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