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2014.06.06

高松政雄

昭和2年版の「建築年鑑」に「昭和二年の我建築界」という6ページほどの記事が載っています。筆者は「圓夢亭」という人で、「建築は構造である」、「機能が建築を形作る」といった単純な議論に対して、次のように述べています。

時代の成果たる「科学の基礎」の上に立ちながら、而も「古典」の丘に嘗て之を仰いだ如き所謂「直截なる明快」の俤と、「ロマンティシズム」の野に昔 之を味うた如き所謂「嫋々たる余韻」の流れとの両者をば、果して如何に調和せしめんかの模索に在り
タイトルから想像される当時の建築作品の紹介はほとんどなく、記事の大半は上記のような理念的な内容です。
それにしても、何となく岡田信一郎が言いそうな内容でもあります。
Hamada
「圓夢亭」って誰?と思ったら、「高松政雄君の制作と著作」にある蔵田周忠の一文で、高松のペンネームとわかりました。(イニシャルの「MT」→「圓夢亭」)
高松は東大建築学科出身で、安井武雄の同期生。岡田の4学年後輩になります。大学卒業後は曽禰中條建築事務所に勤め、慶応病院などを担当しています。

高松は建築評論を多く残しており、蔵田周忠は、美文調で知られる高山樗牛になぞらえています。
1934年(昭和9年)に50歳で亡くなりました。岡田の遺作・明治生命館が竣工した年です。
(写真は前掲書より産科婦人科浜田病院、1926年)

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