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2014.06.30

木子七郎の謎


Ehimeken
愛媛県庁舎などの設計者、木子七郎については、わからない点が意外に多くあります。

例えば、木子が亡くなったのは1955年(昭和30年)だと思っていたら、最近ではなぜか1954年とされることが多いのですが(「萬翆荘調査報告書」など)、不審なことです。
大阪日赤病院が1955年に米軍の接収を解除された後、木子が増築計画の設計依頼を受けているので(「看護」1955年4月号)、没年が1954年ということはありえません。
かと言って、1955年の何月に亡くなったのかがよくわからず、困ったことです。

木子七郎の謎についてはまた別に書きます。

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