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2014年6月の7件の記事

2014.06.30

木子七郎の謎


Ehimeken
愛媛県庁舎などの設計者、木子七郎については、わからない点が意外に多くあります。

例えば、木子が亡くなったのは1955年(昭和30年)だと思っていたら、最近ではなぜか1954年とされることが多いのですが(「萬翆荘調査報告書」など)、不審なことです。
大阪日赤病院が1955年に米軍の接収を解除された後、木子が増築計画の設計依頼を受けているので(「看護」1955年4月号)、没年が1954年ということはありえません。
かと言って、1955年の何月に亡くなったのかがよくわからず、困ったことです。

木子七郎の謎についてはまた別に書きます。

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2014.06.25

大観「雨後」

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東京国立博物館には岡田信一郎が持っていた絵画作品が11点寄贈されています。(リスト

その中の1点、横山大観の「雨後」が5月27日から7月13日まで展示されています。2月~4月には狩野探幽の「漢武帝・西王母・林和靖図」が展示されていましたが、残念ながら見逃し。

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他に鎌倉時代の「愛染明王像」、土佐光則の「雑画帖」などが比較的よく展示されているようです。(と言っても数年に一度)

愛染明王像」は末松謙澄旧蔵の名品で、「帝室博物館年報」に「豊麗細緻なる描写、ことに截金(さいきん)の緻密麗美おどろくべきものあり」という評価があります。
なぜ末松から岡田に渡ったのか、というと、笹川臨風あたりが仲介したのかも、と想像はされますが、真相はいかに。(笹川は末松とともに「防長回天史」を編纂しており、また、岡田の仲人も務めているので…)

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なお、建築家の寄贈作品と言えば、陶磁器の横河民輔コレクションがよく知られています。
画像は伊万里焼の色絵花卉図大皿で、江戸時代にヨーロッパへの輸出向けに作られたものだとか。

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2014.06.24

法隆寺金堂壁画

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東京芸術大学美術館の法隆寺展を見てきました。(既に終了)
陳列館ではその一環として、金堂壁画が実物大で再現されていました。(「別品の祈り」)

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詳しいことはわかりませんが、壁画の再現には、伝統的な模写とデジタル画像を融合させた特許技術が使われているそうです。

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壁画は現寸とのことで、「金堂が陳列館にすっぽり入るのか?」と思ったのですが、考えてみると会場に合わせて柱間を縮めてあったようです。

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それにしても岡田作品の中に金堂壁画、というのは好企画だと思いました。

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2014.06.23

川崎市役所建替え…

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1938年(昭和13年)竣工の川崎市役所本庁舎が建替えられ、100mのビルになるようです。
政令指定都市の本庁舎にしては小さすぎるのかもしれませんが、モダンデザインの佳品だと思いますので残念なことです。
川崎市公式サイト
(画像は今年1月撮影)

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2014.06.17

東京文化会館

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上野の東京文化会館に足場が組まれていました。
6月から11月まで、施設・設備の改修工事を行うそうです。

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仮囲いに建設工事(1959-1961年)の様子を捉えた写真が貼ってありました。当時の足場はまだ丸太を使っていたようです。

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2014.06.16

バルテュス展

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会期も残り少なくなりましたが、バルテュス展を見てきました。(6月22日まで)
1961年から1977年まで、ローマのアカデミー・ド・フランスの館長として、ヴィラ・メディチ(16世紀の建造物)に住んでいたとは、何ともうらやましいです。

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2014.06.06

高松政雄

昭和2年版の「建築年鑑」に「昭和二年の我建築界」という6ページほどの記事が載っています。筆者は「圓夢亭」という人で、「建築は構造である」、「機能が建築を形作る」といった単純な議論に対して、次のように述べています。

時代の成果たる「科学の基礎」の上に立ちながら、而も「古典」の丘に嘗て之を仰いだ如き所謂「直截なる明快」の俤と、「ロマンティシズム」の野に昔 之を味うた如き所謂「嫋々たる余韻」の流れとの両者をば、果して如何に調和せしめんかの模索に在り
タイトルから想像される当時の建築作品の紹介はほとんどなく、記事の大半は上記のような理念的な内容です。
それにしても、何となく岡田信一郎が言いそうな内容でもあります。
Hamada
「圓夢亭」って誰?と思ったら、「高松政雄君の制作と著作」にある蔵田周忠の一文で、高松のペンネームとわかりました。(イニシャルの「MT」→「圓夢亭」)
高松は東大建築学科出身で、安井武雄の同期生。岡田の4学年後輩になります。大学卒業後は曽禰中條建築事務所に勤め、慶応病院などを担当しています。

高松は建築評論を多く残しており、蔵田周忠は、美文調で知られる高山樗牛になぞらえています。
1934年(昭和9年)に50歳で亡くなりました。岡田の遺作・明治生命館が竣工した年です。
(写真は前掲書より産科婦人科浜田病院、1926年)

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