« OSN089早稲田と美校 | トップページ | もう大晦日 »

2013.11.20

OSN090岡田の出生地

岡田信一郎は1883年(明治16年)、東京市芝区宇田川町11番地で生れた。
画像をgoo地図の明治地図より拝借(URL)。
Siba
中央の赤い線は東海道沿いに敷かれた路面電車だが、もちろん岡田が生れた頃はまだ通っていない(1897年に新橋-品川間の馬車鉄道が開業、1903年に電車となった)。

芝区宇田川町は新橋停車場や増上寺、芝神明宮に近い場所で、明治初年に編纂された「東京府志料」によると戸数は232戸(うち、士族1戸)、人口1055人。
物産として「腹掛、股引、足袋、西洋服、筆、木櫛、傘、下駄類、金箔」が挙げられており、職人が多く住んでいたようだ(当時の下町はどこも同様だったろう)。

かつての「11番地」は、現在の港区浜松町1-10と芝大門1-3の間あたりで、出生地跡は、第一京浜(国道一号線)の道路区域か(?)。

宇田川町11番地には、陸軍軍医、笠原親寧の家があった。笠原は信一郎の母の兄、つまり伯父にあたる。陸軍薬剤官であった父、岡田謙吉は、1872年(信一郎が生れる前年)に熊本から東京へ戻ってきたが、それと入れ替わるように、笠原は東京から高崎に赴任することになった。
岡田家はしばらくの間、笠原の留守宅に住むことになったのでは…というのが自分の推測である。

当時は、父(岡田謙吉)、母(いち)、姉、兄(阿蘇男)との5人家族だったはずである。
父の勤務先は東京陸軍病院薬剤課で、課長は大澤昌督(建築家、大澤三之助の父)であった (陸軍職員録)。

以上、130年前に岡田が生れた日、ということで書いてみた次第。

|

« OSN089早稲田と美校 | トップページ | もう大晦日 »

コメント

久方振りの 笠原親寧。この後 西南戦争に従軍し、一説に 彼の将の検屍をした など、興味深い人物では あります。

投稿: さぬき | 2014.07.06 10:55

彼の将というと西郷さんでごわすか?
よろしければ出典を教えてください。

岡田謙吉さんの方は、西南戦争の際に大阪の病院で任務に就いていたようなのですが、今一つ記録に見当たりません。

投稿: 岡田ファン | 2014.07.08 21:41

岡田 様
『大西郷終焉悲史』1943年 田中萬逸(p.419)
『553 歴史読本 1991年9月号』(p.103)
併せて ご参照下さい。

岡田謙吉 氏に つきましては、同時代の陸軍に 同姓同名の方が居たか否か、気になっております。

投稿: さぬき | 2014.07.09 20:28

岡田謙吉と同名の人が、工兵にいたようです。
「笠原親寧」で公文書の検索をすると何件かヒットしました。

アジ歴
http://www.jacar.go.jp/
国立公文書館
http://www.digital.archives.go.jp/

毛布を紛失して謹慎(明治7年)、結婚届(明治19年)、など断片的ですが興味があります。

投稿: 岡田ファン | 2014.07.09 23:22

軍高官の方々の伝記類に「岡田謙吉」の名が見受けられますが、概ね「工兵」の方のようです。
森鴎外が 微妙。
西南戦争時の任務従事者名簿に 名前は載っていますが、任地が大阪かどうか、やはり 特定出来ないようです。

投稿: さぬき | 2014.07.10 20:31

まだ十分調べてませんが、鴎外と同時期に東京陸軍病院に勤めていたと思います。石黒さんは上官になりますね。

西南戦争の従事者名簿があるのでしょうか。一度、防衛研究所に探しに行ったのですが見つかりませんでした。

投稿: 岡田ファン | 2014.07.10 21:14

小生は鎌倉在住の建築家です。ブログに祖父三之助の父昌督のことが書かれていたのでメールしました。
三之助は1907から10年まで英国に留学、その間に岡田が教壇に立ったようです。父が岡田謙吉の上司だったことを初めて知りました。そんなこともあって大沢家は岡田家と親戚同然の付き合いだったと亡父から聞いていました。鎌倉の旧岡田邸は解体寸前とのことで心配しております。それでは

投稿: 大沢匠 | 2014.12.24 17:50

コメントありがとうございます。
大澤三之助さんは岡田より16歳ほど年上ですが、子供の頃からよく遊んでもらったりしたようです。
建築家を目指すのも、大澤さんの影響が大きいと思います。
鎌倉の住宅は残念です。

投稿: 岡田ファン | 2014.12.25 23:30

追記:
岡田の出生地、宇田川町11番地は、現在の浜松町1-10-14の一部で、住友東新橋ビル3号館の敷地になっていると思います。

また「明治十年西南戦役衛生小史」に薬剤官として、大澤昌督、佐藤存、岡田謙吉、石塚左玄の名がありました。

投稿: 岡田ファン | 2015.02.10 22:41

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« OSN089早稲田と美校 | トップページ | もう大晦日 »