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2013.07.19

OSN082神奈川県庁

神奈川県庁と言えば中央の高い塔で知られるが、設計に岡田信一郎が関わっていたことは佐藤嘉明氏の論文「神奈川県庁本庁舎と大正・昭和初期の神奈川県営繕技術者に関する建築史的研究」で初めて知った。

*論文本文

もとの県庁(1913年竣工、片山東熊設計)は1923年の関東大震災で全焼し、新たに建替えられることになった。1925年(大正14年)4月、県庁舎の復興のため、岡田が建築事務嘱託になった(年俸1500円という)。同年8月には岡田の同僚、内藤多仲も同じく建築事務嘱託になった。

Kanakenchoan
8月には、新庁舎のパース図が公表された(「横浜貿易新報」8月5日)。佐藤嘉明氏は、この案に対して(当時建設中の)大阪府庁舎に似たあっさりしたもので、「華麗なデザインを得意とする岡田自身が直接線を引いたとは思えないもの」と評している。(同論文第3章P62)

(筆者の感想だが、岡田は自分の好むデザインを押し付けることはなく、予算に応じてデザインを提案していると思う。従って、あっさりしているから岡田らしくない、という言い方には違和感がある。)

8月の県議会で予算案も議決され、岡田は「丁度厳冬の時期に工事着工となる」(「横浜貿易新報」8月20日)と述べているので、年度内に着工する予定で進めていたことがうかがえる。

ところが、この計画案がひっくり返ってしまう。高い塔を設けることに方針が変わり、また、設計コンペが開催されることになった。
(続く)

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