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2012.03.04

OSN067歌舞伎座の和風意匠

歌舞伎座の和風意匠に関連して補足。

■亀岡式
歌舞伎座の和風意匠のディテールについて、京都府技師の亀岡末吉のデザイン(亀岡式)によく似ているという指摘がある。1919年に刊行された「亀岡図集」は、国会図書館にある岡田の設計図面類の中にも含まれている。(藤岡洋保ほか「岡田信一郎設計の不燃構造和風意匠の建物に見られる伝統表現の方法について」:CiniiにPDF版あり)

■波木井像
岡田信一郎が鉄筋コンクリート造(RC造)で和風を表現したものとして、波木井(南部)六郎実長公銅像がある(身延山の項)。
余り奥行きのない小規模な作品だが、RC造で垂木や組物、蟇股、虹梁など社寺建築の要素を使っており、小林富蔵の施工により、1921年(大正10年)に建設された。歌舞伎座に先行する作品である。

■村上邸
岡田信一郎の住宅作品に、村上喜代次邸(1922年)がある。
紀尾井町にあったもので、近年、渋谷の南平台に移築された。書院造の純和風建築である(隣に洋館を併置)。
藤森照信氏は「桃山バロック様式」と評しているが、村上の遺族から聞いた話として次のように書き記している。(「家の記憶」)

岡田さんは、父に自由に腕を振るわせてもらったことをとても感謝していました。ここでの経験が、歌舞伎座を設計するときとても役に立った、と言ってました。
遺された図面には、大正9年、10年の日付があるから、歌舞伎座の設計を引き受ける直前の仕事ということになる。これも小林富蔵が施工した。

【付記】
(1)Googleで「紀尾井町 南平台」と検索すると興味深いサイトが見つかるが、コメントは差し控える。
(2)旧村上邸のところには、明治時代の住宅部分と、岡田信一郎が設計した住宅部分(和館・洋館)があった。移築されたのは岡田信一郎が設計した住宅の和館部分である。洋館部分はRC造で再現された。
(3)京都の四条大橋東詰にある南座(1929年)は、白波瀬工務店の設計・施工である。歌舞伎座を参考にしたのかもしれないが、白波瀬直次郎がどのような経歴の人物なのか、気になる。

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コメント

南座の設計を担当したのは、元京都市営繕課長の安立糺ということです。
京都府立総合資料館所蔵の「南座改築工事概要」(1929年)に「設計者:安立建築事務所、施工者:白波瀬工務店」とあるようです。
(南座に展示されていた棟札では、確か安立の名はなかったですが)

投稿: 岡田ファン | 2013.07.09 21:51

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