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2012.03.01

OSN066市村座から歌舞伎座へ

歌舞伎座の設計依頼を受けた当時、岡田が設計して完成させた作品としては目ぼしいものがなかった(住宅作品と銅像台座、木造の小千谷小学校程度で、大阪高島屋は建設中)。
劇場建築であれば、経験豊かな建築家が他にいたと思うが(帝国劇場を手掛けた横河工務所など)、なぜ岡田に設計が任されたのであろうか。

当時岡田建築事務所にいた三井道男は、次のように回想している。

なんというひとだったか、脚本をかくひとの話しに、歌舞伎座の設計がきまるときに、だれかが大谷さん [松竹社長の大谷竹次郎] を紹介する席で、 [岡田が] 劇の話から劇場についての話をされたのを聞いたが、実に上手なもので囲りのものも社長も感心してほれぼれしたほどまいってしまったそうです。
「口八丁手八丁」と言われた岡田らしいエピソードだが、この話を三井に伝えた人物の名前がわからないのは何とももどかしい。施主と設計者の初顔合わせという重要な場面に、「脚本をかくひと」が立ち会っていたらしいのである。

この人物は誰か、と自分なりにあれこれ調べてみたところ、可能性がありそうな人物として、小山内薫、あるいは落合浪雄(劇作家)が浮かんできた。
両者とも、かつて市村座に関わり、1921年当時は松竹に関わっていた。

前にも少々ふれたが、岡田は1919年(大正8年)に江戸三座の伝統を引く歌舞伎劇場、市村座の計画案をまとめていた。
(岡田自身にとってはいわば歌舞伎座のスタディとなったと言えるだろう。また、計画案を示すことは、事業主の松竹側に対するアピールになったと思われる。)

岡田が市村座の設計をしていたことは、当時の新聞報道に見当たらないようで、ごく一部の関係者しか知らなかったのではないか。松竹側に岡田を仲介した人物として、小山内、落合あたりがあやしいと思う。

もともと、市村座の場所(二長町)は地の利が悪く、オーナーの田村成義(田村将軍、大田村)は、別の場所に帝国劇場や松竹(歌舞伎座など)をしのぐ大劇場を建設することを念願としていた。だが、1919年頃にはだいぶ弱気になっていたようで、買収話に応じようとする一幕もあった。
一方、息子の田村寿二郎(小田村)は、落合浪雄らの「国民劇場」運動に加わり、吉右衛門、菊五郎ら市村座の俳優を提供しようとしていたらしい。新しく建てる劇場の位置については、芝区田村町や丸の内などいくつかの場所が候補に挙がっていたようだ。
(国民劇場運動には、当時、市村座顧問の小山内薫も関わっていた可能性が高い)

岡田の設計案はこの「国民劇場」に関わるものではないかと思う。
遺されている図面を見ると、芝公園の一郭を想定した計画で、書かれた日付から、1919年10月から12月にかけて設計が進んでいたことがわかる。
田村寿二郎へのインタビュー(都新聞、1919.10.3)では、市村座の株式会社化と、劇場新築の計画について答えている。

慶応出身の同窓が私の為めに心配して大きな資本を募つてモッと便利のいゝ土地へ新しい劇場を建て新しい興行法でかつて見やうといふ話が持上つたのです、親父には愈(いよいよ)話が極まるまで聞かせない筈で居たところへ新聞で発表されてしまつたので黙つて居る訳にも行きませんから親父に打明けて相談しました
親子の間でどうも意志疎通が欠けていたわけだが、それはともかく、この「慶応出身の同窓」とは小林一三ではないだろうか。

小林というと、宝塚歌劇団がまず思い浮かぶが、歌舞伎界の刷新を兼ねてから提言し「国民劇の創出」を唱えていた。要は多人数収容の大劇場を建設し、安い価格で演劇を楽しんでもらおうという構想である。小林自身は宝塚に4000人収容の大劇場を建てているが、震災後の歌舞伎座が2000人規模になったのは、小林の提言に従ったものとも言われる。
小林と市村座のつながりは深かったようで、関東大震災で市村座が焼失した後、宝塚に菊五郎ら市村座の俳優たちを出演させたことがある。

話を戻すが、結局岡田の設計した劇場計画は実現しなかった。劇場の話も進まず、ゴタゴタが続く市村座の状況に、小山内、落合も見切りを付けたようだ。

1921年当時、落合は松竹新劇部の座付作者であった。また、小山内は松竹で映画制作や歌舞伎の演出などに関わっていた。
歌舞伎座が焼失した10月30日は、10月興行が終わり、小山内と土方与志の演出による11月興行「佐倉新絵巻」(池田大伍作)の上演を控えて、準備中という時期だった。

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