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2012.03.28

OSN075歌舞伎座への補足

Kabukizanow
新しい歌舞伎座の建設が進んでいる。劇場部分の屋根も一部見えるようになってきた。
どんな姿になるのやら、不安と一抹の期待。

さて、歌舞伎座や関東大震災あたりの話を続けてきたが、書いたあとになって色々な資料が見つかることも多く、反省しきりである。

歌舞伎座と区画整理」については、「歌舞伎座百年史」資料編と、木村錦花「近世劇壇史 歌舞伎座編」(1936年)を併せて読んでおくべきところ。
後者によると、大谷が「歌舞伎座の建築に斟酌して貰ひたい」と陳情すると、後藤内相から「斟酌は出来ないが、位置の見極めは早くして遣らう」という回答があったとのこと。
木村は1912年に松竹入りし、1928年には取締役に就いている人物だから、内情はよく知っていたはずである。(野田秀樹脚本「研辰の討たれ」は木村の原作をもとにしている)

また、「関東大震災」のところで、岡田の震災当日の行動がわからないと書いたが、どうも歌舞伎座が燃えているところを実際に見ていた(?)らしき文章(1926年)を見つけた。

摶風(破風)造のコンクリート建築の窓から盛んに火を吹く状況も想ひ出される。(…)鉄筋の壁体は無事であつたけれど、舞台上に積上げてあつた建築木材に火が移つて、之れが焼失したため、舞台上の鉄屋根が、飴のやうに捩じくれて、糸のやうにもつれて落ちた、あの恐ろしい姿が浮ぶ。
歌舞伎座が燃え始めたのは1日の午後7時30分頃というが、鎮火したのはいつ頃かよくわからない。
岡田も歌舞伎座炎上の報を聞いて、いてもたってもいられず、木挽町に向かったのだろうか。
疑問は中々尽きない。

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コメント

また書いた後になって考えましたが…

震災の夜の状況を想像してみるに。
歌舞伎座が燃えるぐらいなので、周囲ではものすごい勢いで木造家屋類が燃えていただろうと思います。
歌舞伎座が心配だとはいえ、そのような中で、近づくことができたのかどうか…。

投稿: 岡田ファン | 2012.03.30 23:53

しばらく見ない間に建設が進んでるようですね。

投稿: 通行人 | 2012.04.02 09:25

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