« ONS062高島屋と岡田 | トップページ | OSN064歌舞伎座 »

2012.02.26

OSN063東京府美術館

Tokyohubi
今はなき東京府美術館(1926年)は、ギリシャ神殿を思わせる列柱が特徴で、岡田の代表作の一つである。
岡田設計の旧美術館が取り壊されてからおよそ35年。前川國男設計の方の美術館(1975年)も、そろそろ歴史的建造物の仲間入りをしそうな感があるが、岡田ファンとしては旧美術館を忘れる訳にはいかない。

旧美術館については、斉藤泰嘉氏が詳細に調べ、「東京府美術館史の研究」(学位論文)にまとめているので、あまり謎も残っていないようだが、自分なりに何点か述べてみたい。
(建設の経緯については公式サイトの「沿革」にまとまっている)

■タイルの色
外壁はスクラッチタイル仕上げだったはずだが、どんな色だったのか気になる。近くに現存している黒田記念館や東京美術学校陳列館はやはり岡田作品であり、同じような色だろう…と、漠然と考えていたのだが、確証はない。
そもそも旧美術館のカラー写真も余り見かけないようだが、写真では、天候等によって色合いが変わってしまう。
どこかに現物は残っていないものか。

■増築時の図面
旧美術館の開館後、間もなく展示スペースが不足し、増築工事が行われている。
【当初】 地階附2階建、鉄筋コンクリート造タイル張 (延坪数)2,627坪(竣功年月)大正15年3月
【増築】 地階附2階建、鉄筋コンクリート造タイル張 (延坪数) 900坪(竣功年月)昭和4年4月

国会図書館に所蔵されている岡田信一郎の設計図面の中に、当初の図面はあるのだが、増築時の図面は見当たらないようだ。
もしかすると、増築時は東京府の営繕組織(鵜飼長三郎営繕課長)が主導したのかも…などと推測しているが、どうなのだろうか。

■岡田の初期構想
岡田が美術館の建設計画に関わるようになったのは、岡田が本格的に事務所を構える前の1919年のことである。
国立(帝国)美術館建設の機運が高まりつつあり、美術家らによる「美術館建設期成同盟会」の中で、岡田が作成した設計図が検討された。同盟会の中には建築家の塚本靖、中條精一郎もいたが、岡田が担当になったのは、おそらく東京美術学校の正木校長から、依頼されたからだろう。
計画案の内容について、詳細のところはよくわからないが、「美術之日本」に紹介記事があった。

建物を東面長方形とし(長さ約六十間東西幅約三十間)坪数約千二百坪、陳列室の外に地下室並に二階を設け階上は会議室其他とし文展に於ける陛下行幸等の場合には便殿に当て地下室は専ら事務室に当てる、長方形の陳列場の周囲は洋画及び日本画を陳列し中庭を彫刻室とする厭味の無い瀟洒たる希臘風のクラシック式建築とすると言ふのである。
ここで興味深いのは、初めから岡田が「ギリシャ風」を構想していたらしい点である。規模や配置は異なるが、中央部分を彫刻室とする点も初めからの構想ということになる。

文部省では(おそらく岡田の設計案をもとに)、美術館の経費総額を350万円ほどと見込み、8年継続事業として、予算要求をしたのだが、11月の閣議で「不急の施設」という理由で削除されてしまった。

国立美術館計画は進まず、結局佐藤慶太郎の寄付を受けて、東京府が建設を行うことになった。

(画像は建築雑誌482号より)

|

« ONS062高島屋と岡田 | トップページ | OSN064歌舞伎座 »

コメント

都美術館が2015年からネット公開している「アーカイブズ資料」の中に設計図面類があり、増築関係の図面も数点含まれています。
岡田事務所の印がありますので、本文での記述はちょっと的外れだったようです。

http://jmapps.ne.jp/tobikan/list.html?keywords=%E5%A2%97%E7%AF%89&kwd_and_or=and&hlvl=1&bunrui=1&title=&f6=&list_type=LLA001&list_count=10&title_query=yes

投稿: 岡田ファン | 2017.02.15 22:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ONS062高島屋と岡田 | トップページ | OSN064歌舞伎座 »