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2012.02.04

ONS058大阪市公会堂

大阪市中央公会堂の話題は既に議院建築コンペとの関連で出ているが、書き残した点を補足しておきたい。
(大阪市公会堂のコンペについては、以前、月刊岡田信一郎の第4号第15号にも書いた)

■公会堂が縮んだ…
岡田の当選案に対して、辰野金吾はいくつか注文を出した。例えば、岡田案では正面大アーチの左右に時計が付いていたのを、「停車場風」でよくない、などといった具合である。これらの点は、実施設計段階で変更された。

岡田案と実施設計の比較については、山形正昭氏論文「大阪市中央公会堂の建築」(芸術22号)に詳しいが、特に規模が縮小してしまった点は不思議な感じがする。(経費削減などのためだろうが…)
岡田案では、例えば正面の間口が60尺だったのが、実施設計では54尺と約1.8m縮んでしまったのである。

■公会堂のデザインソースは?
公会堂の様式は「ネオ・ルネサンス」とされることが多い(公式サイトにもそう書いてある)。
岡田自身は「様式は仏蘭西復興式を主とし、之に他の様式を加味しました」(建築ト装飾)、つまりフランス式のルネサンスと述べているが、ルネサンス様式の平明な表現というよりは、バロック様式のオペラ座のようにコテコテで、にぎやかな部分が目に付くと思う。

建築界の長老格、曽禰達蔵は、公会堂正面の大きなアーチが、岡田が設計に関与した警視庁のアーチに似ていると述べた。(建築雑誌557号)

建築史家も諸説を唱えている。
「図面で見る都市建築の明治」の解説文(鈴木博之氏)は、「もっともヴィクトリア朝的な建物のひとつ」であり(=ヴィクトリアン・ゴシック)、ロンドンにあるパレスシアター(1890年)やウエストミンスター大聖堂(1903年)がデザイン源のひとつではないか、としている。
Sakai
川道麟太郎氏(技苑97号)は堺市公会堂(1912年竣工、辰野片岡事務所設計)や、フランクフルト・アム・マイン駅(中央駅、1883年、Hottenrot & Eggert設計)を挙げている。
山形正昭氏(前掲論文)も同じく堺市公会堂、また、西澤泰彦氏は満州の撫順公会堂(1910年竣工、満鉄建築課設計)とのデザインの類似性を指摘している。
大阪市中央公会堂の大アーチは、そのままヴォールト屋根につながっており、その点ではフランクフルト中央駅に近いと思う。
いずれにしても、辰野金吾好みのデザインであったのだろう。
(画像は堺市公会堂、山形論文より引用)

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