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2011.11.28

OSN032岡田と大阪

岡田は大阪市中央公会堂(1918年竣工、重要文化財)の原案を設計している。設計コンペ(1912年実施)の1等当選作で、これを基に辰野片岡事務所が実際の設計にあたった。

そこで、岡田と大阪の関わりが気になるが、1916年の新聞記事では次のように書いている。

僕未だ大阪市を熟知しない。僅に前後二回瞥見したに過ぎない。而して其間 前に狭隘なりし街路の後に大道に変ぜられたのを見た(…)

これによれば、1916年の時点で大阪に行ったのは2回と書いている。一度は天王寺公園で行われた国民美術協会の展覧会(1913年)のはず。
もう一度は、大学生時代(1903-1906年)と想像される。大学生時代と国民美術協会展の間に、大阪市電の敷設に合わせた事業(1908年に第2期開業)や、大阪駅移転に伴う梅田新道の建設(大阪駅~淀屋橋、1908年)が進んでおり、「狭隘なりし街路」が「大道に」なったという点にも符号するように思う。
大学生時代には、中之島では日本銀行大阪支店(辰野金吾・葛西万司・長野宇平治、1903年竣工)、大阪府立中之島図書館(野口孫市・日高胖、1904年竣工)と相次いで大規模な西洋建築が建設されており、もし大阪に寄っていれば、これらの建物を見たことだろう。
なお、大阪市中央公会堂に関しては、実施設計には関わっていない。地鎮祭などの儀式にも特に出席しなかったようだ。(開館式はどうか…?)

大阪高島屋(1921年)の設計を引き受けてからは、度々大阪に行くようになった。
大阪では、その他、国民会館などいくつか作品がある。

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