« OSN030岡田と洋行(続) | トップページ | OSN032岡田と大阪 »

2011.11.27

OSN031岡田の旅

岡田は病気がちで欧米に行く機会を失ったが、国内ではどこまで出かけたことがあるのだろうか?

○自然…「建築雑誌」(1932年5月号)に、岡田が1906年(明治39年)に描いた浅間山のスケッチが掲載されている。同年7月に大学を卒業したあと、旅をしたのだろう。
また、「書生時代には多少山水にも親しみ」、山では「男体山、白根山、御嶽、大峰」などに登ったと書いている。(「書生時代」とは大学生の時か?)

○北海道…岡田自身は北海道について特に書いていないようだ。日本銀行小樽支店・函館支店の設計に関与したが、設計は東京にいてもできることである。実際に現地を訪れたかどうかは不明。

○東北…盛岡(岩手)では木津屋の店舗(看板建築風のもの)等を設計した。母方(笠原家)が田村家一関藩の御典医で、岩手には縁がある。おそらく訪れたことはあるのでは(推測)。岩手では、水沢の後藤新平像台座も設計した。
他には山形の國井家観音堂、会津(福島)の橋本銀行を設計しているが、岡田が現地を訪れたかどうかは不明。

○関東…東京・神奈川は省略。
栃木では、大学時代に日光で実測調査を行った。また、(卒業後)日光の大江新太郎を訪ねた。茨城では、水戸の武徳殿を設計した。埼玉では、浦和の埼玉会館を設計、度々浦和に通った。

○甲信越…小千谷(新潟)では、小千谷銀行、小千谷小学校などの設計をした。工事中に訪れたり、学校の式典に参加した記録が残っている。
また、山梨では身延の波木井像、山崎校長像台座を設計。また、岡田が関与したかもしれない物件(石碑)がある。

○東海…熱海に自分の別荘を建てた。他にもいくつか別荘を設計した。

○北陸…不明。作品もなさそう。

○大阪…別項目で書く。

○関西…大学生時代に竹生島(滋賀)で実測調査を行ったという。京都、奈良付近も大学時代にかなり見て回ったようだ。(関西への旅を参照)
城崎温泉(兵庫)の一の湯・曼陀羅湯を設計しているが、岡田自身が現地を訪れたかどうかは不明。
他に、琵琶湖ホテル、太陽生命京都支店が岡田の没後に完成した。

○中国…広島に浅野図書館を建てた。(厳島神社を訪れた?)

○四国…不明。作品もなさそう。

○九州…佐賀の松原神社前に建てられた鍋島公銅像(1914年)の台座の設計を岡田が担当しており、除幕式にも参列した。
また、福岡に九州日報社(1932年)、二日市温泉(福岡)の大丸別荘を設計しているが(昭和初期)、岡田が現地まで行ったかどうか不明。

○沖縄…南大東島に建てた碑の設計に関わっているが、現地を訪れてはいないだろう。

その他、中国、朝鮮半島などについても、岡田自身は特に書き記していないようだ。1924年に横浜~神戸間を箱根丸に乗ったのが、初めての船旅だったようなので(前出、関西への旅)、行っていないのではないか。

|

« OSN030岡田と洋行(続) | トップページ | OSN032岡田と大阪 »

コメント

水沢(岩手)の後藤新平像台座、山形の國井家観音堂、身延の波木井像、山梨の山崎校長像台座、城崎温泉の一の湯・曼陀羅湯が抜けていました。

投稿: 岡田ファン | 2011.11.29 06:43

上記の抜けていた物件を付け加えて、本文を若干手直ししました。

投稿: 岡田ファン | 2012.01.29 14:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« OSN030岡田と洋行(続) | トップページ | OSN032岡田と大阪 »