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2011.11.20

OSN026関西への旅(エピソード)

「中央公論」等に掲載の旅行記には様々なエピソードがあり(脱線も)、実はそちらの方により興味を引かれる。

「弟を送つて」(「中央公論」1925年1月号掲載)
○「思へば長い間私も洋行を夢みた。(…)学校を卒つた数年間は一途に欧州留学を熱望した。(…)日英博覧会の開かれた当時などは、塚本博士と正木美術学校長との推薦で絶好の機会であつたが、之れも病の為め見捨ねばならなかつた。あの時分の感傷的な心を想ひ起すと今でも暗い気持になる」

○岡田の父母、兄弟のこと

○「芸術に関与する一人として作物には強く自分を印したい、(…)此れからの都市の建築の殆と全部が欧米の形式を追ふ事に就ては否む事の出来ない時勢である。然し其洋風建築はやはり日本人のものでありたい。之を意匠するものにとつては日本人の情操が要る。創造の強い力を恵まれて生れて来なかつた私等は、せめて古人の優れた作からでも自分の情操を養育しやうと考へるのである。それには古建築をたゞ眺めればよいのである。(…)其故に私は時々休養を名として、奈良に遊ぶ」

○「初めて船に乗る好奇心を満足する事」云々とある。
(※岡田が船旅をするのは今回が初めてのようだ。)

○「嘗て建築家の洋行といふのは、絵はがきを買ひに行くことだと、行かれぬ負惜しみの皮肉に友達をいやがらせた事もあつた」

○大阪の高島屋呉服店に立ち寄って、「自分の作品はなつかしい。子を持たぬ私には子の感は分らないが、恐らくは其のかるいものが今の感ではあるまいか。(…)店員達が建築が都合よく出来てゐると賞めて呉れるのをお世辞とは聞きつゝも、快くて自分の所でもあるかのやうに無遠慮に其処此処をうろついた。エレヴェーターの上部の狂い獅子に牡丹唐草のガラス・モザイクは和田三造君の図案で小川三知君の努力の作であつた。(…)工事を監督する現場の人達の夏冬の苦労も思ひ出さるゝ。竣工間際の不眠の活動も思ひ出さるゝ。」

○「食辛棒の私は、何んでも品種に限らず、うまいものなら好きである。里芋も其一つだ。早く産する紀州芋もうまい、京の芋は特にうまい。青葉が濃くなる時分には、粒の揃つた指頭大の小芋を知人から送つて貰つて、料理店のより自宅の方がうまい等と誇つても居た。」

○中條精一郎夫人のこと。一度は失明を伝えられていたが、回復しつつある。
(※宮本百合子が中條家の裏面を小説に書いているそうだが、まだ読んでいない。)

○東大寺法華堂を訪れて、「古い建物を修繕するとか、建増をするとか言ふ事は、新しい建物を作るよりも、余程むづかしい仕事で、且酬ひられない仕事である。」
(※岡田は震災で被害を受けたニコライ堂、日本赤十字社本社などの復旧工事を担当している。実感だろう。)

○平城京の都市計画を偲び、その反面、震災後の東京の復興の遅れについて述べる。「区画整理の至難な事業である事には同情を惜しまないが、其の遅々たる状態には焦燥な憤懣も感ぜられる。」
(※内務省土木局の目の上のたんこぶのようだった東京市の道路局長[大蔵省出身]がクビになったなど、生な話が出てくるのは、旅行記にしては少々具合が悪いと思う。)

○「先を急ぐ私達も、玉虫の厨子と橘夫人念持仏の厨子とだけは見遁す事は出来ない。建築家として格別に教へらるゝ事が多いのである。而して其形態や手法からも、装具の金物等からも既に屡々暗示を受け新しい設計に応用した事も少くない。」

○「フエノロサ氏は実は私の先生である。私がまだ年少でお茶の水の中学校(=高等師範附属中学校)に通つた時分、其処で先生から英語の会話を教はつた、其後数年前東京美術学校の玄関前に先生を記念する画像石が立つたとき其の設計に参画した。」
(※今も芸大の美術館近くに立っている。石に線彫で肖像を描いたものである。)

○船長(関根豊作)のこと。「船長は碧梧桐氏の門について、句と字とを好くする。」

○友人木下(正雄)のこと。「彼は中学時代お茶の水の学校で数年間机を並べた旧友である。併も二人ともチビで級中の最末に列したため、文字通り机を並べた仲である。秋になると私はよく初茸を煮たのを弁当の菜にした。彼は其を珍らしがつたので、其後今でも初茸が食膳につくと私は木下君を思ひ出した。」
(※岡田は背が低かったようだが、身長何cmだったのか気になる。木下の名は高師附属中の卒業生名簿には見当たらない。途中で京都に移ったようだ。)

断片的だが、岡田の率直な心情や建築観が現れている。また、生い立ちや経歴、食いしん坊であることまで書いている点が参考になる。
思った以上に長くなったので、項を改めて…。

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