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2011.10.27

OSN007岡田の恋?

「建築探偵術入門」(1986、文春文庫ビジュアル版)はひところ座右の書としていた懐かしい書である。
岡田信一郎の作品では、明治生命館、歌舞伎座、日本赤十字社東京支部、黒田記念館、鳩山一郎邸、山尾邸が掲載されている。鳩山邸の説明文にある次の下りは、中々印象的だった。

設計者の岡田が若き日に鳩山夫人(引用注:鳩山薫)の妹に恋したという、知る人ぞ知るのエピソードがある
(文庫本は「東京建築探偵団」の共著。この項の執筆者は国立科学博物館の清水慶一氏)

その後、岡田信一郎のことをあれこれ調べるようになって10年以上経つが、未だにこの話の出所がよくわからず、謎のままとなっている。文献資料には見当たらない話のようだ。
「建築探偵術入門」刊行の1986年には、鳩山一郎の長男、威一郎氏(参議院議員)も存命であった。鳩山家側から聞いた話なのだろうか。
また、このエピソード通りだとしても、いつ頃の話なのだろうか。

「薫さんは岡田信一郎の近所に住んでいて、それで鳩山一郎が岡田のところによく遊びに来たらしい」という話も耳にしたのだが、本当だろうか。

薫の父、寺田栄は、薫が生まれた1888年(明治21年)には横浜地裁勤めで横浜にいた。寺田が衆議院書記官となって東京に転居し、小石川諏訪町、霞ヶ関(官舎)などと居を移した。薫が高等小学校4年の1902年(明治35年)、母・いくが35歳の若さで亡くなった。
このときの寺田家の住所は牛込区東五軒町38番地であるが、これは岡田の自宅と同番地である。

1902年といえば岡田は数えで20歳、第一高等学校の学生である。おそらく、涙もろい岡田は寺田家の不幸に同情して号泣したことだろう。
(薫は数えで15歳である。その妹だとすると、少なくともこの時点で岡田の恋愛対象になるとは考えにくい…)

この翌年、薫は高等小学校を卒業して麹町の女子学院に入学し、父と同郷の帝大教授・寺尾亨の家(牛込区喜久井町)に預けられることになった。薫が音羽の鳩山邸に遊びに行くようになったのはこの頃からだという。
(妹はどこにいたのか…?)

【参考】鳩山会館(公式サイト)

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