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2011.10.28

OSN008東五軒町の家

岡田が青少年期を過ごした東五軒町の家について。

1892年(明治25年)頃(?)から1912年(明治45年)まで(=岡田が小学校のときから、大学を卒業し、大阪市公会堂を設計する頃まで)、岡田家は牛込区東五軒町38番地にあった。
このあたり、江戸時代には武家の住宅が並んでいた場所である。参謀本部が1884年に作成した地図を見ると、東五軒町38番地は500坪以上ある屋敷になっている。

その後、この土地は分筆され、38番1号(157坪)は岡田家、38番2号(364坪)は柴田家の所有になった。柴田家は「実行教」の本部であった。富士講をもとにした教派神道である。
…少年時代の岡田は、隣りから響く太鼓の音を聞きながら、成長したのだろうと想像している。

なお、柴田家の跡取り、柴田道守(1900年生まれで、岡田の17年下)は、早稲田大学で建築を学んでおり、卒業後、岡田建築事務所に入り、明治生命館などの設計に関わったようだ。父が亡くなったあと、教祖を継いだ。

また、鳩山家が音羽(今の鳩山会館の場所)に移る前は、東五軒町に住んでいた。鳩山一郎と岡田が親友になるのは中学時代からのようだが、鳩山は幼少期を東五軒町で過ごした訳だから、そのことも2人が親しくなった一因だろうと想像する。

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