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2011.10.26

OSN006鳩山と森久保

建築家H」の項で書いた森久保善太郎についてのコピーが出てきたので補足。

森久保は14歳のときから18年間アメリカに滞在。スタンフォード及びイェール大学で学び、1909年(明治42年)に帰朝した。鬼怒川水力電気常務取締役であったが、狭心症のため、1923年(大正12年)2月4日に48歳で亡くなった。
死亡広告を見ると、友人総代8人の中に、鳩山一郎の名前が見える。また、森久保の自宅は牛込区神楽町2丁目16で、岡田信一郎とは同じ町内である(岡田は神楽町2丁目23:神楽坂をはさんで反対側になる)。

鳩山邸は、関東大震災の際に基礎工事の段階だったらしいから、設計時期は1923年の前半頃であろう。
そうすると、鳩山が建築家Hへの設計依頼を断ってから間もなく、森久保が亡くなったのかもしれない。鳩山としては、やはり気になったことであろう。
建設当時の回想から、森久保の名前も思い出されたのではないだろうか。

また当初、建築家Hに設計を頼んだのは、鳩山も森久保も、岡田が歌舞伎座の仕事などで多忙なことを気遣ってのことだったのではないか、とも想像される。

【参考】読売新聞1909.5.20、1923.2.6

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