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2010年6月の13件の記事

2010.06.20

中村遊郭付近

国立劇場で「鳴神」を見た帰り、2時間ほど時間があり、国会図書館に寄って資料を探しました。
「ちくま」(2009.11)の井上理津子氏の一文によると、稲本が料亭をやめる際に、取材の申込みがかなりあったが「『折檻部屋はどこか』など遊廓時代を偏見で捉えようとする」ので、全て断ったとのこと。ふむ…。
Nakamura_haruhuku
井上氏の文にも登場する「春福」の写真を偶々、撮ってありました。大正12年に「有名な宮大工が、釘を一本も使わずに建てた」ということで、最盛期には15人の女の子を抱えていたそうな。



Nakamura_simasima
以下の3件は、いずれも戦前の建物をベースとして改修を加えたものと思われますが、改修の経過(時期・用途など)が気になります。

まず、青白ストライプのタイルと丸窓が目を引く物件。現在は個人邸のようです。予想では戦後にカフェー風へと改修したのでは…?

Nakamura_kinpa
全体にチープなデザインですが、石積みの腰壁が個人的に気になります。元風俗店か? 現在の用途は不明。

Nakamura_arab
中東あたりをイメージした派手な外観をもつ現役の風俗店。改修したのは比較的新しいのでは。
横から見ると、和風建築を大幅に改装して使用している様子がよくわかります。

Nakamura_eigeki
最後は遊郭地域内ではありませんが、レトロ風味満点の映画館です。かつては小林旭や石原裕次郎の映画に人々が熱狂していたに違いない!と勝手に推測しています。

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2010.06.19

中村遊郭

その昔、藤森さんが週刊朝日で旧中村遊郭の建造物を紹介していたのを記憶しています(手元の朝日文庫「建築探偵雨天決行」の巻頭に載っています)。
今はどうなっていることやら、と様子を見てきました。(名古屋市中村区)

Nakamura_ina
中国風デザインの豪華な建物は稲本。「べんがら亭」と看板が出てました。近年までは日本料理店でしたが、デイサービス施設になったそうで、びっくり。

Nakamura_matu
稲本の向いにある和風建築。玄関上部に「旅館松岡」の看板が掲げられていますが、現在はデイサービスセンター松岡健遊館です。お年寄りのカラオケの声が聞こえました。

Nakamura_choju
長寿庵。現在の用途は個人宅のようです。外壁に美人画が描かれています。

以上3棟は平成5年に名古屋市の重要景観建造物に指定されています。(指定時の名称は、料亭稲本、旧松岡旅館、長寿庵。旅館大観荘も同時に指定されたが、既に取り壊し)
遊郭の建物というと、とかく偏見で見られがちでしょうから、4棟同時指定というのは関係者の英断だったことでしょう。

Nakamura_sisui
紫水。これも立派な和風建築ですが、使用されていない模様です。

(つぶやき…若山滋「遊蕩の空間」(INAX、1993)に掲載の旧桔梗屋はどうなったのか?)

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2010.06.18

ターミナルラウンジ(木村邸)

Tanakawa_kimura
高輪にある明治時代の洋館。木造3階建で、このアングルでは3階部分にペディメント付きの窓が見えます。一部の建築ファンには木村邸として知られてますね。

http://terminallounge.jp/wordpress/

これまでイベントなどのスペースとして使われてきたそうですが、6月一杯で閉館だそうです。(そういう用途になっていたとは露知らず、しかも「最後の一般公開」も見逃してしまうという体たらく。)

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2010.06.17

奉安殿2

奉安殿に続いて…

Tottorihoan
errさんから、釧路市鳥取大通りの鳥取神社に移築されている旧鳥取小学校の奉安殿画像(左)を提供いただきました。
北海道の奉安殿もバリエーションに富んでいるようです。

もう1つは南の方にある物件。
ネット検索で徳之島の鹿浦小学校にある旧奉安殿(昭和13年着工、16年竣工)を見つけました。地元の方々が苦心して建設したことが今日まで残された理由でしょうか。修復を受け、登録文化財となっています。

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2010.06.16

明石小学校

Akashisho
中央区の明石小学校がこの8月にも取り壊されてしまうという話があります。
泰明小学校、常盤小学校、他用途に転用されている京華スクエアなど、区内には比較的多く「復興小学校」が残されていたため、つい油断しておりました!!
中央区立明石小学校の保存活動

Akashisho2
復興小学校は関東大震災からの復興のため短期間に大量に建設されましたが、その数年の間にも表現主義的傾向からインターナショナルスタイルへの転換が見られるところ、これまた興味深いところです。
明石小は復興小学校の中でも初期の作品で、表現主義の要素が色濃く見られます。(具体的に言うと、軒の先端付近でグリンと手前に反っている感じがよいです。)

【追記】6月19日に深川東京モダン館で、JIA主催のシンポジウムが行われます。

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2010.06.15

白金甚夢迎賓館(渡辺甚吉邸)

Watajin
庭園美術館を出た後、そう言えばスリランカ大使公邸は…と行ってみると、ハウスウェディング施設になっていました。5月にオープンしたそうです。
公式サイト

この建物、藤森照信「建築探偵の冒険」で紹介されているので、その筋では有名な物件です。
昭和9年竣工、ハーフチンバーの洋館です。

Watajin2
インテリアも充実しているようですが、少人数対象の結婚式場というと、中に入れる機会があるかどうか?
まあ、今後も使われ続けていくことを素直に喜びましょう。

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2010.06.14

ロシア構成主義

Koseishugi
白金の庭園美術館で「ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし」を見てきました。
女性が叫んでいるモンタージュはよく見かける作品で、ロトチェンコの「レンギス(国立出版社レニングラード支部) あらゆる知識についての書籍」のポスター。
何と叫んでいるのか気になりましたが、”КНИГИ”は"books"に相当するようです。

構成主義といえば、タートリンの第三インターナショナル記念碑とか、バウハウスと関係あるらしいという程度の予備知識のみ…。
革命前にキュビスムっぽい絵を描いていたロトチェンコが、構成主義を唱えるに至るのはなぜか、という点が自分にはよくわからないところです。
舞台、装丁、ポスターなど表現の分野は多様ですが、やはり写真がよいと思います。


Teibi0613
「ロトチェンコ+ステパーノワ」展:東京都庭園美術館で6月20日(日)まで
公式サイト

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2010.06.10

東山植物園温室

Higasiyamaonsitu


東山公園駅から徒歩5分、と某建築ガイド本に書いてあったのを鵜呑みにして行ってみると、確かに入場口まではすぐですが、温室にたどりつくまで15分程かかりました…。(途中が動物園なので、イルカやゾウなどを眺めながら歩くのがよろしいようです)

この建物は日本最古の温室(昭和12年)ということで重要文化財に指定されています。当時「東洋一の水晶宮」と呼んだそうで、「鉄とガラス」による建築ですね。

Higasiyamaminka
園内には白川村にあった合掌造の民家も移築されていました。天保13年建設という立派なものです。

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2010.06.09

龍興寺(藤山雷太邸)

Ryukoji
白金台にあった邸宅が、名古屋に移築されて寺院の客殿として使われています。写真からのイメージとは少々異なり、地下鉄荒幡駅のすぐ前で、大通りに面した場所にあるのが意外な感じでした。

藤山邸は1932年の竣工で、武田五一設計、洋館と日本館が並ぶ大邸宅でした。1978年に日本館部分(書院と楼閣)がこの地に移築されました。愛知県の指定文化財です。

書院は醍醐寺三法院を参考にしたようです。前面に張り出している部分は月見を楽しむ場所でしょうか…。

龍興寺は由緒あるお寺ですが、戦災で全て焼けてしまったそうです。住職の方は中々の建築好きらしく、他にも芝川邸内八角堂(これも武田五一)や、元禄時代のものだという庫裏が移築されており、国宝如庵を写した茶室までありました。

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2010.06.08

鶴舞公園

Nagoyakokaido1
名古屋方面に行ってきました。まだまだ見ていない物件がありました。

鶴舞公園の名古屋市公会堂(名古屋市営繕課、1930年)。日比谷公会堂、群馬会館などとほぼ同時期の建物で、当時は公会堂ブームだったのか…。スクラッチタイルは貼りかえている様子。

Nagoyakokaido
近くにあるバロック風の噴水塔(鈴木禎次、1910年)も中々立派なものです。関西府県連合共進会という展覧会の施設です。

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2010.06.03

相馬永胤像

Senshuikuta
専修大学生田キャンパス(川崎市多摩区東三田)に相馬永胤像が移設されていると聞いて、確認に行ってきました。

古典主義風デザインの9号館(120周年記念館)。写真の後方に見える円筒状の部分の内部は、グッゲンハイム美術館のようなスロープになっています。

相馬永胤(1850-1924年)は彦根出身。鳩山和夫らとともにコロンビア大学で法律を学び、帰国後、専修大学を創立し、また横浜正金銀行頭取を務めた人物です。
Soumazou
目指す物件は9号館玄関ホールの正面に置かれています。

元は下戸塚の相馬邸(現在の甘泉園)に、大正8年に建立されたもので、大理石の胸像はペッシ(Ottilio Pesci)によるもの。台座は岡田信一郎の設計です。石像ゆえ、例の金属供出とは無関係だったはず。

雷紋のある台座は、国会図書館にある岡田兄弟設計図面と一致しています。

【余談】甘泉園の場所にあった旧相馬邸の洋館(妻木頼黄設計、1910年竣工)は、1937年に横浜に移築され、カトリック横浜司教館として使われていました。近年の改修工事により、大幅に改変されてしまったようで、残念です。

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2010.06.02

国道駅

Kokudou0
レトロ好きの間では有名な物件ですが、実は初見。
Wikipedia「国道駅

「国道」という名称からして、ちょっと妙な気がします。さりげなく見えるアーチ窓がポイントでしょうか。

Kokudou
高架下にあたるアーチの連続する空間がツボに入ります。廃な雰囲気が漂うのは、照明が薄暗いせいだけではないようです。アーチの両側(ホームの真下)部分は居酒屋などのお店、住宅としても使われていますが、建設当初からアーケードとして構想されていたのか、あるいは戦後の住宅難から生じた形態なのか…。

Kokudou2
木製の改札口も渋い。無人駅です。

Kokudou3
裏側、というか外側から見たところ。鉄筋の爆裂している箇所が気になります。

Kokudou4
ちょうど鶴見線のカーブする箇所に駅がありますので、乗降時は電車とホームの隙間にご注意を。

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2010.06.01

日本ビクター第一工場

Victor
新子安駅を降りて跨線橋を渡ると、意外に近くにありました。イオニア式の円柱を並べ、古典主義的な外観を持つ工場建築です。「横浜の近代建築(I)」によれば、昭和2年の竣工(設計者の記載なし)。

日本ビクター第一工場ファサードは経済産業省の近代化産業遺産に認定されています。(近代化産業遺産リスト:PDF版)
しかし、工場の移転が決まり、存続を危ぶむ声が上がっています。

神奈川新聞の記事:「第1工場ファサード」の行く末は?歴史的建造物に存続の声強く/JVC・ケンウッド(2010年5月29日)

(横浜)市産業立地調整課は「移転せずに現在の場所にとどまってほしいと思っていたが、残念」。何らかの形で存続できるようビクターに要望しているという。

JVC・ケンウッドは「市の要望もあるので、売却先とはこれから話し合いたい」としている。

Victor2
正面部分以外は改築されているようです。産業道路沿いにありますので、Googleのストリートビューでもその雄姿を見ることができます(神奈川区守屋町3-12で検索)。

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