歌舞伎座の音響4

(2009年11月6日の記事の続きです)
岡田信一郎は学生当時、音響の研究をしており、大学の卒業論文も音響に関するもの(Architectural Acoustics)です。ただし、何分研究の進んでいなかった当時のことで、もっぱら海外の事例紹介に留まっているようです。(写真は東京大学建築学科の図書室にある岡田の卒論)
また、岡田が公表した論考としては「音響問題より見たる議院建築」(「新日本」1-1、1911年)があります。音響問題は非常に困難であり、「実験室内で取扱ひ得る範囲内のことは非常に研究されて居ても、一旦実際問題になると此等の学説も用を為さない」と前置きをして、次のように述べています。
(一)然る可き大さであること(原音が明瞭に到達し、且反射音が原音の邪魔にならぬ位の大さ)
(二)室の長・巾・高の三つが互に簡単な比を為して居る事。
(三)音響の混錯を生じ易い隅々を隅切に為る事。
(四)壁面、天井等に凸凹出入を附して音響反射の方向を錯乱する事。
(五)適度の「共鳴」(レゾナンス)を与へる為に弾力性の材料(木材等)を適宜に用ひ、音響の鋭い反射を惹起す如き極めて硬度の材料を可成嫌棄する事等である。
「室の長・巾・高」については、「ハーモニカル・プロポーション」と言って、1:2:3とか2:3:4といった比例がよい、という説が当時あったようです。当時のレベルでは、経験に頼って設計するほかなかったと思われます。
歌舞伎座の設計は、この論考より、さらに10年ほど後のことですが、どの程度音響についての研究が進んでいたものか、私としては興味のあるところです。
関東大震災後に建設された早稲田大学大隈講堂が、「わが国で初めて音響学的に設計された講堂」(伊藤毅「音響工学原論」P630)と評されており、歌舞伎座が設計された時期は科学的な音響学の成立前夜であったと思われます。
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コメント
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投稿: 本人 | 2011.01.18 02:01