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2009年11月の11件の記事

2009.11.28

旧名古屋銀行一宮支店

旧名古屋銀行本店について以前に書きましたが、今度は旧一宮支店の話題です。これも鈴木禎次作品で、大正13年の竣工。

現在、一宮市役所西分庁舎として使用されていますが、新庁舎建設に伴い取壊しのはずでした。保存運動の結果、今後の活用について検討を行っているところだそうです。

新庁舎建設後も歴史的建造物として保存することが決まった一宮市役所西分庁舎の活用方法を考える市民有志のイベント(…)西分庁舎は2013年春の新庁舎完成に伴い空き家になる。その後の活用法は市民参加型の検討会で決める。 asahi.com

(記事の写真中央に見える稚拙な装飾らしきものは後付け)
内部も改造されているそうですが、「吹き抜け式のロビー」をぜひ復原してほしいものです。(ただ、昭和5年竣工の市庁舎の方は取壊しになる模様)

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2009.11.26

愛媛県庁

Ehimeken2
四国にはこれまで足を踏み入れたことがなかったので、この建物も当然初見。昭和4年の竣工で、木子七郎の代表作と言ってよいと思います。


Ehimeken
左右対称の官庁スタイルでいかめしさもありますが、丸ドームや連続アーチ窓、細かな装飾などが眼を楽しませてくれます。背後の緑は松山城のある城山です。


Ehimeken3
やはり玄関ホールが見どころになっています。


Ehimeken4
ステンドグラスもよいですね。

木子七郎が県庁舎の設計を引き受けることになったのは、推測するに旧藩主・久松邸の設計という実績があったから、でしょうか。

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2009.11.20

正倉院宝物

正倉院宝物が出展されている「皇室の名宝」展に行ってきました(11月29日まで)。銀薫炉や阮咸(という楽器)がよかったです。
公式サイト

「皇室の名宝」展では、正倉院宝物以外にも、教科書に載ってるような名品(家屋文鏡、聖徳太子像、小野東風の書、蒙古襲来絵詞など)が多数あり、見ごたえがありました。

Narahaku
さて正倉院と言えば、2005年にはじめて奈良国立博物館の正倉院展に行き、2007年から毎年、奈良に通っています。琵琶、碁盤、八角鏡など有名どころは結構チェックできたので、後は鳥毛立女屏風を心待ちにしているところ。過去には1999年の正倉院展に出ていたようで、次は何年後になることか。

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2009.11.18

愛知県庁

Aichiken
何と言っても屋上に乗せた屋根が特徴的な愛知県庁舎。もしこれがなければ、ずいぶん寂しいものになりそうです。

Aichiken2
昭和13年の竣工のためか、内部はあっさりしています。

Nagoyashi
隣にあって好対照をなす名古屋市庁舎。高い塔が目に付きます。
「和風」というよりは、神奈川県庁に通じるような独特のデザインです。

Nagoyashi2
装飾豊かなホールがいいですね。

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2009.11.17

岐阜県庁

Gihuken
もとの岐阜県庁舎で、現在は岐阜総合庁舎です。岐阜県岐阜振興局や県の機関が使用しています。(県庁は岐阜市郊外に移転)

この建物は大正12年6月に着工。当初は高い塔を付けたデザインでしたが、直後に関東大震災が起こったため、3階建に設計変更し、大正13年に竣工したそうです。設計は県の営繕課で、矢橋賢吉、佐野利器が顧問となっています。

Gifuken2
外観は無骨な感じですが、この階段室は見どころです。

公式サイト

Gifuken3
総合庁舎のすぐ近くにあるのが岐阜県教育会館。もともと県立図書館として大正末年に竣工。河村鹿市(早稲田、大正11年卒)と佐藤信次郎による設計とのこと。表現主義っぽいデザインですが、フェンスに囲われてよく見えません。周囲は更地になっており、先行きが危ぶまれる雰囲気…。県の公式サイト内でも、空襲の跡が残る「戦争の遺跡」として紹介されていますが。
戦争の遺跡 

参考文献:「近代建築ガイドブック 東海・北陸編」 (写真は10月5日撮影)

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2009.11.15

滋賀県庁

Sigaken
武徳殿の隣には県庁舎(昭和14年、佐藤功一設計)があります。ルネサンス様式、シンメトリーの端正な建物で私好みです。全体に装飾は控え目で、塔屋に特徴があります。

休日のため中は入れませんでしたが、県の公式サイトに知事室の様子などが載っています。

正面上部の塔屋について、公式サイトによれば「明治23年4月、琵琶湖疎水開通式における明治天皇行幸の際、旧県庁の正庁が御座所となりました。昭和14年の改築の際、御座所となった正庁を保存すべく、記念室として本館5階塔屋に原型のまま移築されました。(…)記念室は現在は執務室として使用されています。 」

これは知りませんでした。ここでどなたが執務しているんでしょうか。
Sigaken2
外観に戻って、付け柱の上部にある柱頭飾り。明治生命館の営業室にある柱頭飾りに似ており、岡田ファンとしては気になりますね。

県庁舎はちょっとしたマイブームで、機会があれば全国見て回りたい、と思っています。時間がかかりそうですが…。

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2009.11.14

滋賀武徳殿

Sigabutoku_2
1か月前になりますが、滋賀県体育文化館(旧武徳殿、昭和12年)を見てきました。歌舞伎座や琵琶湖ホテルと同様、RC造の近代和風建築で、岡田事務所出身の三井道男設計によるものです。(軒下の垂木などは木材を使っています)

内部は広いスペースになっており、武道の拠点として使われていました。以前の記事で先行きが怪しいと書きましたが、既に今年の1月末で閉館していました。現在は敷地内に立ち入れません。

閉館の理由は「施設の老朽化や耐震診断の未実施、さらには県の財政事情など諸般の事情により」ということですが、滋賀県庁や琵琶湖ホテルと並ぶ歴史的建造物であり、保存活用が必要な文化遺産だと思います。

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2009.11.06

歌舞伎座の音響3

歌舞伎座の音響について、設計者側はどう考えていたのか。
戦災復興時に設計を担当した吉田五十八の書いた文章が「歌舞伎座」(1951年)に掲載されています。

「由来歌舞伎劇の劇場は例外なく全部が全部、格天井で(…)この前の歌舞伎座もその例にもれず格天井でありましたが、この度は前例を破て豪壮な吹寄竿縁天井としまして舞台から一幕見の席まで尾州檜の通し天井と致しました。そのために音響的には戦災前より数段とその音響効果が改善されました上、二本の竿縁の間に間接照明と夏冬の冷暖房とが装置されて居ります(…)」

「上部の大欄間には西陣苦心の特種織物が張られ、その後に隠された拡声機からは舞台の名ゼリフが皆さまの御耳に達することゝ存じます。また周囲の壁面は最新の吸音材料によつて音響的効果が考へられて居り、それを更に日本的文様に依て美化されてあります。」

前に紹介した「歌舞伎の舞台技術と技術者たち」では「ほとんど機器に頼らない、生音そのまま」と書かれていましたが、舞台上部にあるというスピーカー(拡声機)はどの程度効いているんでしょうか。

また、関東大震災後に竣工した歌舞伎座については、次のようなエピソードが伝わっています。

「其当時 講義の出来ない大講堂が出来たり、音響の徹底せぬ音楽堂が出来たりした際であつたから、音響で失敗したら岡田君の名声はフイになるであらうと心配したが、流石岡田君は此点は苦心して、自信ある様子であつたが、略落成した時に、幹部連が舞台で発声して、元の小屋よりは余程善いと賞賛して呉れたので、岡田君は大歓喜で僕に態々報告に来た(…)」  (正木直彦)

「当時は建築設計の面においても、音響に関する点等は一向に進んでおらず、成り行きまかせの感があつた。音響を生命とする劇場等でも、これに対する配慮が特になされたというようなことは聞かなかつた。兄(注:岡田信一郎)が新築の3階で開幕を知らせる冴えた木の音を聴いた時、はじめてホッとしたという(…)」
 (岡田捷五郎)

音響工学の研究が進むのは、おそらく昭和初め以降だと思います。岡田信一郎自身は歌舞伎座の音響について書き残していないようですが、当時の段階では、もっぱら経験的に工夫するしかなかったはず…。(今日でも音響というのは中々難しい問題のようです)

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2009.11.05

歌舞伎座の音響2

歌舞伎座の音響について、ブログ「猫並生活」さんに興味深いことが書いてありました。囃子の田中傳左衛門さんの話の紹介で、「いい音がでるようになるまでには木とコンクリートが枯れる時間が必要」なのだそうで、最低20年はかかるとか。今の歌舞伎座を建て替えた場合、同じ音を再現することはできない、ということになるんでしょうか。

さらにネット検索してみると、ブログ「音楽とのりものと・・・」さんに歌舞伎座でのベートーヴェン第九公演(2008年4月)の記事がありました。「歌舞伎座という箱物はとことんデッドな(殆ど響かない)音響環境にあり、このあたりが日本古来の芝居に適したつくり」だとのこと。(音楽ホールとは勝手が違って残響時間がほとんどなく、オーケストラの方にはやりにくかった模様です。)

こうした点を、音響工学的に見ると一体どういうことになるのか。一度専門家の方の意見を聞いてみたいところです。

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2009.11.04

歌舞伎座の音響

Kabukibutai38
最近気になっているのは歌舞伎座の音響面のこと。これまでちゃんと調べてなかったことを反省…

「歌舞伎座+音響」で検索してみると、「歌舞伎の舞台技術と技術者たち」(八木書店、2000年)という本をネット上で閲覧できました。
少し抜粋してみます。

「現在では松竹系劇場も含めほとんどの大劇場において、セリフの拡充などの音声の補強がマイクロホンやスピーカーなどの音響機器を用いて、当然のごとくなされている。だが歌舞伎座では、ほとんど機器に頼らない、生音そのままの古典歌舞伎が提供されている。」(P101、安西志保美氏)

「木製の大臣囲い、一面布貼りの客席の壁など、残響音を吸う要素がそろっているため、鳴物や三味線の音が響きすぎず、俳優のセリフの通りもよいのである。また、舞台天井から下がっている、六十本以上の密集する吊り物が、舞台上の音が逃げるのを防ぎ、客席に音を伝わりやすくしている。もちろん歌舞伎俳優の発声のよさもあるが、それを考慮に入れても、歌舞伎座はほかの歌舞伎の上演劇場に比べて、一階席から三階席の隅々までセリフがよく届く。…歌舞伎は生音が基本であるという考え方を大きく支えている劇場といえるだろう。」(P107、同)

「大臣囲い」というのは、舞台の両側にある設備で、義太夫を語ったり、囃子を演奏している場所のことです(←合ってますか?)。
歌舞伎座の音響がいいというのは定評があるようですが、この件は引続き考えてみたいと思います。

(同書から、もう少し引用)

「再開場当時二、三三二席(一幕見席を除く)あった座席数は、昭和57年の改装時には現在の一、九五六席に減らし、客席スペースにゆとりを持たせてある。」 (P102、出穂英理子氏)
 → 当時の資料と、現在の資料で客席数が違うな、と思っていたので、はっきりしました。

「歌舞伎座の機構は、美術バトンやセリ、スッポン、緞帳の昇降装置の電動化や、モニターの設置など、目立たない部分の変更を重ねてはいるが、基本的には昭和26年の再開場当時からほとんど変わっていない。古典歌舞伎の上演が中心の歌舞伎座では、現場スタッフの努力に支えられて、これだけのシンプルな機構で充分上演に耐えうるのである。」 (同)
 → 最近出た歌舞伎座写真集にはふだん見えない舞台裏が多く写されてましたが、伝統芸能を支えているのも職人技なんですね。

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2009.11.03

11月歌舞伎座

Kabukizayagura
11月の演目は「仮名手本忠臣蔵」。顔見世興行なので中央の唐破風の上に櫓が上がっています。(顔見世や櫓の由来については、歌舞伎座公式サイトの「歌舞伎こぼれ話」にも説明があります。)



Kabukizashokudo
歌舞伎座の裏に何やら古い建物があることに気付いている方もいると思いますが、茶色いタイル張りの「歌舞伎座食堂」です。
大正14年の震災復興時はまだ区画整理が終わっていなかったので、食堂は木造の仮建築としていました。昭和4年にRC造地階付き4階建で竣工したのがこの建物で、知られざる(?)岡田作品です。

隣の出光ビルを建替える際には、道路からもよく見えてましたが、今ではよく見えません。この写真はガラスが反射してしまってますが、一幕席に上がる階段室の窓から撮ったものです。

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