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2009.08.03

武徳殿

かつて水戸三の丸にあった武徳殿の写真が見つかり、岡田信一郎作品であることが確認できました。(建物は既に戦災でなくなってますが…)

数年来の疑問が解けてやれやれと思っていたところ、ついでに検索したら滋賀県の武徳殿(昭和12年)が先行き怪しいようで気がかりなことです。歌舞伎座と同じ鉄筋コンクリート造和風の建物で、岡田建築事務所にいた三井道男が設計したものです。

月刊旧建築の記事(昨年4月の記事でした)

三井が設計を引き受けた経緯を推測するに、水戸の武徳殿との関係か、琵琶湖ホテルとの関係か(両方?)。

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コメント

三井道男の武徳殿、壊される前に、見に行けるとイイのですが・・・写真でみると、格調高い堂々たる建築のようですが。

弟・三井義人が父の日記を編集した『三井道郎回顧録』の「追記」の「二、三井道郎二男三井道男のこと」(144頁)で以下のように書いています。
「三井道男は京都一中時代には、水泳、柔道等の選手として活躍し、当時の武徳会遠泳大会は八月十五日に唐橋から石山まで八粁のコースを泳いだ。その遠泳において選手権を獲得した。」
何か関係があるでしょうか?

投稿: momocat4@rivo.mediatti.net | 2009.08.04 18:29

コメントありがとうございます。
武徳殿、続報が出ていないようで気になります。

道郎さんはニコライ堂司祭の方ですね。この資料は知りませんでした。

道男さんは柔道が得意だったとすると、その点が設計者を選定する上で有利に働いたのかも、などと想像が広がります。

投稿: 本人 | 2009.08.05 02:16

ハイ!、三井道郎はニコライの愛弟子で、ロシアに留学しキエフ神学大学を出て日本正教会で神学者として活躍しました。
柳馬場にある松室さんの京都正教会は、用地選定から道郎が関わっています。
また道郎は、関東大震災の時のニコライ堂の長司祭でもありました。この父子の関係で、ニコライ堂の修復は、息子・道男のボス岡田信一郎に任されたと、私は考えています。

この史料は私家版の為、手に入れるのに苦労しました。

投稿: ☆まりこ | 2009.08.06 12:15

現地に行ってみたところ、今年1月で閉鎖されてしまったようです。

いずれ写真をアップします。

投稿: 本人 | 2009.10.15 01:49

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