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2008年8月の11件の記事

2008.08.25

ジョン・レノン・ミュージアム

Johnlennon
ポールファンですが、さいたま新都心駅近くにあるジョンレノンミュージアムに初めて行ってみました。(大成建設がやっていたとは知りませんでした)

ジョンの過ごした家の模型(12月までの展示)などがあり、リバプールに行ってみたくなりますね。

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2008.08.24

旧日本銀行松江支店

Nichiginmatue
古典様式の銀行です(昭和13年、長野宇平治設計)。日銀支店として使われていたのは1981年までで、2000年に観光施設「カラコロ工房」になったということです。

Nichiginmatue2
内部は吹き抜けでトップライトを取っています。バスの時刻が近づいたので、地下金庫を見るのをあきらめました(結局20分遅れでバスが来た…)。

Gogin
目の前のお堀や、隣の山陰合同銀行(旧八束銀行本店、大正15年)の建物もあいまって、いい雰囲気です。(今回見ていませんが)松江城や小泉八雲旧宅も近く、観光コースとしてよい場所にあります。

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2008.08.23

神魂神社

Kamosu
松江市にある神魂(かもす)神社は天正年間(1583年)の建立。出雲大社は1744年の再建なので、建物としてはこちらの方が古くなります。

出雲大社と同じ大社造で、内部は天井画(雲の絵)や壁画があります。こちらも公開してほしいものです。

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2008.08.22

出雲の銀行

Izumoginko
木子七郎設計の銀行建築が出雲にある、と聞けば黙っていられません。JR出雲駅から約5分、アーケードを抜けたところにありました。(土曜日のせいかもしれませんが商店街はほとんどシャッターが閉まっており、少々心配。)

旧簸川(ひかわ)銀行本店は大正9年竣工、RC造。周囲の伝統的な町屋建築に合わせたデザインにしたのでしょう。資料には山陰合同銀行出雲支店とありますが、「今市茶屋」という看板が出てました。島根日日の記事によると、期間限定で再利用されていた模様。今後の活用はどうなんでしょうか?


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2008.08.21

雲太

Izumounta
出雲大社のすぐ前にある建物で、町屋を改造したものと思われます(時期不明)。もとはお土産物屋だったのでしょう。

Izumounta2
中には出雲大社の模型が飾ってありました。

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2008.08.20

出雲大社前駅

Izumoeki
出雲大社といえば、近代建築ファンの心を鷲掴みにするのがこの一畑電鉄の駅舎。昭和初期に建てられたもので現役で使われている施設です。JRの方の旧大社駅(今回、電車の時間が迫ってしまい見てません…)は出雲大社を意識したような立派な和風建築ですが、これに対抗しようとしたのでしょうか。

Izumoeki2
天井はアーチ状に高く造られ、窓は色ガラスが入っています。写真ではわかりにくいですが、細部にアールデコ調の幾何学的な文様が見られます。

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2008.08.19

出雲大社

Izumo1
出雲大社で本殿の特別拝観をやっているというので、見に行くことに。しかし、現地に着いたときには整理券の配布がほとんど最後になっており、入れるのは午後5時過ぎだという。これでは帰り着けないではないか。

Izumo2
結局、端垣の周りから様子を伺うだけにしました。後から他のブログ記事などで拝観の様子を読んで、野宿してでも見ておくべきだったかと反省。

Izumo3
本殿の修理が終るまで、御神体は拝殿(仮本殿)に遷されているらしい。(拝殿は戦後の再建で福山敏男設計)

出雲といえば菊竹物件が境内にありました。
Izumochosha
Izumochosha2

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2008.08.13

山王の住宅

Sannoview
テスト画像です。

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2008.08.10

松屋銀座

Matuya
高橋留美子展が11日(月)まで、なので行ってみることに。

外壁は何年か前に改修し、全面ガラスで透明な感じになってますが、その上にオリンピックモードのフィルムが貼ってありました。中々かっこよい。

参考:大成建設のサイト

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籾山邸

Momiyama
國學院大學の前にある住宅です。大学の敷地になるようで、8月9日から取壊しが始まる旨の看板が出ていました。

一見様式建築風ですが、年代不詳の物件です。「近代日本建築総覧」に同じ住所で「旧久邇実栄邸 S2 木2」とあるものと同じなのかどうか? 謎を残したまま姿を消してしまいます。

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2008.08.07

旧大阪高島屋2

以前に旧大阪高島屋(1922年竣工)について書きましたが、TAKATAKATAKAさんのブログによると、現在は地下部分の取壊しになっているとのこと。

TAKATAKATAKAさんは取壊し中にビルの調査を行っており、大正時代に高層建築の基礎をどう造っていたのか、新しい発見もありそうです。

当時の「建築画報」(13-11、1922年)にこんな記事が載っていました。
「十月一日から開館することになり(9月)廿六日から連日開店披露をすることゝなつたが同店では新館へ移転と同時に従来主力を注いだ服飾の方面は勿論衣食住全般に意を注ぐことゝなり他を凌ぐ一大百貨店とし[て]の準備が出来上がつた、地上百廿余尺の本館各階の坪数四百坪の七層には上海の出張所から送つて来る支那工芸品、ヴエリト写真の大家小野隆太郎氏[注:ゴム印画法を用いたというが、ヴエリトはその関連語か?]、洋画家三宅克己氏を顧問とする写真撮影部(十二月開始)及材料部、今まで江戸橋にあつた美術部をも合せ日用品食糧品装飾部、家具部の外地下室には私設市場をおき市の公設市場に対抗して毎朝七時から十一時まで新鮮な野菜や生魚肉類、乾物類などを廉売し同店は一文も儲けないといふから恐らく大阪で一番廉い日用品が買へるであらう、下駄履きのまゝお出入自由といふ所に新しい試みが窺へるこの開場は(10月)十日頃にならう、四階には来賓室、五階には喫煙室、六階には日本間美術室などあり七階は大食堂接待所でこゝからは樹木のある南大阪の姿が一眸に望まれる、其他屋上八階には「子供の家」「遊戯室」「園芸館」[注:演芸館??]「余興場」が出来ると」

「下駄履きのまゝお出入自由」とあるのは、地下の売り場(デパ地下のはしり?)のみでしょうか。当時はまだ下足を預かるのが一般的であり、高島屋の社史を見ても、下足を廃止したのは昭和2年(1927年)3月という記述があります(年表)。

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