2016.08.11

旧豊多摩監獄正門

Nakanop1190505
後藤慶二作品で唯一残っているのが旧豊多摩監獄(中野刑務所)正門。
中野刑務所跡地は公園や下水道施設などになっていますが、法務省の矯正研修所東京支所があり、敷地内にかつての正門部分が保存されています。

しかし、研修所は2017年に昭島へ移転する予定だそうです。
検索してみると、建築家協会の保存要望書(2015.12)がありますが、その後の経過はよくわかりません。
研修所跡地は中野区が取得して小学校にする計画らしく、正門の行く末が案じられます。
Nakanop1190500

| | コメント (0)

2016.07.30

OSN117夏目漱石(続)

高校時代の岡田信一郎は夏目金之助の英語の講義を聞いたのか、という疑問を以前の記事で書いたが、その後、史料が見つかり、岡田のクラスを担当していたことが確認できた。

1902年(明治35年)9月から翌年7月の時間割が残っており(駒場博物館蔵)、それによると夏目講師が担当したのは、1年の6クラスと、3年の2クラスであった。3年では2部3年1組(工科理科)と2組(工科農科)で、名簿を見ると大学の建築学科に進んだ人物として、1組に岡田、笠原敏郎、井手薫、橋本勉、2組に倉田謙、本野精吾の名がある。
もっとも、(以前も書いたが)夏目が講師の辞令を受けたのは4月で、授業を始めたのは5月(?)、6月には試験で7月1日が卒業式である。講義は週2回(1組は水・金、2組は月・木)だったが、岡田たちが聞いたのは10回程度であろうか。
(笠原敏郎は卒業が遅れたので、内田祥三と同じクラスで1年間、夏目先生の講義を聞いたことだろう。)

この頃の夏目先生は次のようだったという。(江藤淳『漱石とその時代』第二部)

一高生たちにも、高いダブル・カラーをつけて尖の細いキッドの靴をはき、小柄な身体をそらせて「爪先ですっすっと廊下を気取って歩いていた」金之助は、洋行帰りの正札をぶら下げたようなハイカラ教師に見えた。

夏目先生が来る前は誰が英語を教えていたか、という点も気になっていたが、山川信次郎が前任だったようだ。山川は夏目の友人である。狩野亨吉と夏目、山川が同じ熊本の第五高等学校に勤めていた時期もある(山川と同行した小天温泉の旅は、後に『草枕』の元になった)。
狩野は1898年11月、一高校長に就任。山川は1889年9月から一高教授になり、夏目は1900年、ロンドンへ2年間の留学に出る。夏目が帰国する少し前の1902年10月、山川は女性をめぐるスキャンダル攻撃にあって、高校を辞任している(『漱石周辺人物事典』)。しばらく狩野校長が英語の代講をしてらしい。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2016.07.17

資料に見る近代建築の歩み

Tenjip1190470
湯島の岩崎邸隣りにある国立近現代建築資料館の展覧会「資料に見る近代建築の歩み」を見てきました。7月31日(日)まで。(公式サイト

以前、トヨタ産業技術記念館(名古屋)で行っていた「近代建築ものづくりの挑戦」と同内容です。

Tenjip1190480
明治初めの第一国立銀行から、大阪万博おまつり広場まで、図面や写真、模型等を使った展示です。
明治生命館の資料もあり、建設途中の記録映像があります(約34分、12時・3時に上映)。字幕で解説が付いており、名古屋も通算すると3回見てしまいました。
(画像は明治生命館を飾るライオンの装飾の複製)

| | コメント (0)

2016.07.15

旧三菱銀行神戸支店

Mitubisip1190588
神戸にある三菱銀行だった建物が取り壊される、という報道がありました。
竣工は何と1900年(明治33年)。曽禰達蔵の設計による端正な銀行建築です。

Mitubisip1190586曽禰の恩師J.コンドルの三菱一号館(1894年)や辰野金吾による日本銀行本店(1896年)などに続く時期の作品です。貴重な明治建築と言えます。

外壁の一部は保存(?)するとも聞いていますが、どうなることやら。
建替えをめぐる問題点は「旧三菱銀行神戸支店を考える会」のfacebookで紹介しています。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2016.07.04

ミケランジェロ展2016

Mikep1200145
これもイタリア関連で、ミケランジェロ展に行ってきました。
システィーナ礼拝堂や建築作品を中心にした展示です。8月28日まで。
公式サイト

建築物の展示となると、写真や銅版画が多くなり、今回、直筆の書簡や素描など貴重な資料が出ていますが、ちょっと地味な感じ(ポスターも地味です)。
やはりフィレンツェやローマで実物を見たいものです。

ミケランジェロが、当時まとめられた古代建築図集(コナー手稿、1514年)を模写して、設計の参考にしたというのは興味深く思いました。
以前の記事

| | コメント (0)

«ポンペイ展