2020.10.22

旧館を知る(東京都美術館)

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東京都美術館で「旧館を知る」の展示を行っています(12月6日まで)。
建物正面の位置にあるのに、初めて入る場所でした。
公式サイト

旧館と言えば、岡田信一郎が設計したもので、正面の列柱が印象的です(1926年)。前川国男設計の現美術館が竣工した後、1976年に取り壊されました。
建築模型(竣工当時と戦後の増築後)や、図面、写真が主なもので、一般の方にはさほど面白味はない感じですが、岡田ファン的に気になったのが取壊しの様子を捉えた写真。
正面の列柱部分は、他の部分よりも後に解体されたようです。写真には、最後に残った列柱部分がクレーンで引き倒される様子が写っていました。今さら言っても仕方が無いですが、部分的にでも、モニュメントとして保存してあれば等と勝手な感想を持った次第です。
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(画像は公式サイトより引用、竣工当時の美術館)

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2020.10.20

探幽「漢武帝図」など

東京国立博物館本館8室(安土桃山-江戸)の展示に狩野探幽の作品が出ていました。
Blimg_5275一つは「漢武帝・西王母・長伯房図」3幅で、岡田信一郎の旧蔵品。1932年12月、岡田の逝去後に遺族から帝室博物館に寄贈されたものです。
Blimg_5277隣りにあった「山水図屏風」は西脇健治(実業家)旧蔵。数年前に取り壊された岡田の住宅作品・西脇邸の施主です。
2人の旧蔵品が並んでいたのは偶然と思いますが、岡田ファンとしては奇遇に感じる出来事でした。(展示期間11月1日まで)

以前の関連記事(大観「雨後」愛染明王像

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2020.10.19

桃山展(東博)

Blimg_5264 桃山展を開催中の東京国立博物館に行ってきました(11月29日まで)。
公式サイト
お目当ては狩野永徳の洛中洛外図(上杉本)。細かいところまでは見えませんが、保存状態がよく鮮やかで、改めて感心しました。会期の後半(11月)には別の洛中洛外図(舟木本、勝興寺本など)や永徳の唐獅子図屛風が出るので、また行かねば。

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これは平成館1階に展示されていた「花下遊楽図屛風」の高細密な複製。オリジナル(桃山展に出展)は関東大震災で一部が焼失し、右隻の中央2面が空白になっていますが、こちらは焼失前の写真をもとに復元してあります。

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2020.10.18

分離派建築会100年展

分離派建築会が結成されてから100周年ということで、パナソニック汐留美術館で展覧会が行われています(12月25日まで)。
公式サイト
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分離派建築会メンバーの石本喜久治、堀口捨己、山田守らは近代建築史上に残る作品を残していますが、(戦前期の)現物はほとんど残っていませんし、結構マニアックな企画だなと感じました。

筆者(私)の興味は岡田信一郎関係なので、岡田のサインがある「第一回作品展芳名録」の現物が見られたのは収穫です。あとは、後藤慶二の描いた「辰野金吾作物集図」(辰野の作品で構成した架空の街並みを描き、還暦祝いに贈ったもの)や、岩元禄の西陣電話局にある裸婦像のレリーフ(型取りしたもの)などを興味深く見ました。

展覧会を機に、100年前に岡田信一郎が書いた「分離派建築會の展覧會を觀て」をテキスト化してみました(Word形式)。
石本の作品(納骨堂)については比較的評価しているようですが、山田の作に対しては「構造を考えてない」「塔が意味不明」「なぜ山奥に公会堂?」と手厳しい感じです。
(文中で言及される海外作品…サンテリア「新都市」バイロイト祝祭劇場ヒル・オーディトリアム

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2020.10.14

ユートピアの倶楽部

東京芸術大学で「藝大コレクション展2020」が開催されていました。「鮭」「悲母観音」「序の舞」など意外な名品が出展されているので見て損はない展示です。やはり建築部門は少な目で、ファンタネージによる建築装飾の素描など。
公式サイト(10月25日まで)
Kana 金澤庸治の卒業制作「ユートピアの倶楽部」(1924年)のパース図、断面図などが出ていました。
金澤は1900年(明治33年)生まれで、1919年に東京美術学校図案科第二部予備科へ入学。1924年3月に同校建築科を卒業しています。岡田信一郎(当時、東京美術学校建築科主任)の教え子ということになります。

美術学校では、図案科第二部から建築科に体制が変わったのが1923年5月で、金澤は建築科卒業生の第一号です(この年の「建築科卒業生」は金澤ただ1人。吉田五十八も同じ年の卒業ですが、病気で留年していたため、図案科第二部卒業ということになっています)。
「ユートピアの倶楽部」は大正期の表現主義建築の一例としてしばしば紹介されます。
以前は筆者(私)も、その名のとおり「空想的」「若気の至り」の作だろうと考えていたのですが、単なるデザインの面白さだけでは卒業制作の審査を通らなかったはず?、と疑問を持ちました。特に建築科に改組したばかりのことでもあり、岡田信一郎も金澤に期待をかけていたはずです。
Kana2岡田はかつて分離派建築会の展覧会に際して「構造の軽視の傾向が著しく目についた(略)構造の研究が充分でなく、且 構造を芸術味の基礎とする努力をしなかったことを残念に思ふ」(建築雑誌406号、1920.9)と批判していました。
金澤の作についても構造的な裏付けがなければ岡田は評価しなかったはずですが、素人にはちょっと判断が付きません。
専門家の視点で金澤の作品が、構造的、機能的にどう評価できるのか。聞いてみたいものだと思います。
(画像は「日本の表現主義展」図録(2009年)より引用)

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